安倍退陣、“言論バブル”だった左右陣営はどう変わる?/古谷経衡

日刊SPA!

◆安倍応援団が支えた政権

8月28日に辞任を表明した安倍晋三首相。2012年12月の発足以来、憲政史上で最長となった7年8か月に及ぶ政権が幕を閉じ、9月14日に菅義偉新総裁が誕生した。この長期政権時に存在感を増したのが、安倍政権を援護射撃する保守系メディアや知識人から構成される、いわゆる「安倍応援団」である。

そしてその周りを「ネトウヨ」層が固めるという構図だ。彼らは安倍応援団の主張を受け売りしつつ、さらに先鋭化させた右翼思想やヘイト発言を叫ぶのが特徴である。

一方で、安倍応援団&ネトウヨという右のパンチに対抗するように、左からのパンチも勢いを増した。断固として反安倍を唱えるリベラル系勢力が現れ、右陣営は彼らを「パヨク」「アベガー」と揶揄した。そんな両者の泥仕合がネット上でたびたび散見されるようになったのが、安倍政権末期の言論状況だった。

ある意味、右も左も、安倍政権という安定の大樹に寄りかかっていたとも言えるだろう。ならば、新政権誕生後に、彼らはどこへ漂流するのだろうか。

そこで、安倍なき時代の言論の行方について、古谷経衡氏に聞いた。保守系メディアの内幕や知識人の実態を暴露した小説『愛国商売』(小学館)が好評発売中の評論家である。彼は、かつて保守系メディアへの寄稿や出演で知られ、一時はネトウヨ界の麒麟児ともてはやされた人物。だが現在は袂を分かち、冷徹な視点で“古巣”を眺め、かつての論敵である左を分析している。古谷氏はまず安倍応援団と安倍政権の関係性をこう解説した。

「安倍応援団と呼ばれる言論人は、作家の百田尚樹やジャーナリストの有本香、経済評論家の上念司、米国弁護士のケント・ギルバートなど、DHCが運営するYouTubeチャンネル『虎ノ門ニュース』に出演している方々。また保守系雑誌『正論』(産業経済新聞社)や『月刊WiLL』(ワック・マガジンズ)、『月刊Hanada』(飛鳥新社)に寄稿している面々が挙げられます。

政権発足の1年後の’13年12月に安倍さんは靖国神社に参拝していますが、これによって保守陣営は『安倍首相は我々の味方である』と確信し、徹頭徹尾サポートすることを決めたのです」

◆人気のある保守系人脈を活用

特に安倍応援団と政権との距離感が変わったのは、’15年以降のことだという。

「安倍はこの頃から保守系やネット右翼を意識した発言や人事を強めていきました。野党議員の国会質問中に『日教組! 日教組どうすんだ!』などとヤジってみたり、ネトウヨ層に人気のあった次世代の党党首であった平沼赳夫を自民党に復党させたり……。’16年には保守界隈でアイドル的な人気のあった稲田朋美を防衛大臣として入閣させていますね。日本会議系の集会にも、憲法改正を訴えるビデオメッセージを送っています。

’16年参院選挙では保守界隈で圧倒的な人気を誇る青山繁晴が自民比例2位で当選。’17年の衆院選挙では後に『LGBTには生産性がない』論文で大問題になったネット右翼の代表論客、杉田水脈を公認して当選させています」

◆実は保守的な政策を実現しなかった安倍政権

ただ、肝心なのは、実のところ安倍はネトウヨ層が望む保守的な政策を実現したわけではないことだ。

「第一次安倍政権(’06年9月~’07年8月)が短命に終わったのは、ネトウヨ層や保守派の支持を意識し安倍の持つ右の『地金』が出すぎたためだと反省したんでしょうね。だから安倍は河野談話の見直しもせず、村山談話に至っては検討チームも作っていません。’12年の自民党政策集の中に明記された尖閣諸島への公務員常駐も反故にし、島根県が毎年実施している竹島の日式典政府主催も放棄した。

約30万票を持つ日本会議が金科玉条のごとく唱える伝統的な家族観や道徳教育にも、安倍はあまり関心がなかったですね。安倍はもう、憲法改正一本槍ですから。そもそも彼には子供がいないし、昭恵さんはスピリチュアルに傾倒してしまい、とても伝統的な『良妻賢母』とは言えない。大麻畑をバックに笑顔とか、日本会議のメンバーなら卒倒するような不道徳ですよ。

だけど応援団の皆さんは安倍の上っ面だけのファンサービスによって『やっぱり我々の味方だ』と、今まで盲信してきたのです。『月刊WiLL』の’16年8月号の特集なんて、『それでも、やっぱり安倍晋三!』ですからね」

古谷氏の推計ではネトウヨ層は200万~250万人にのぼるが、彼らのフラストレーションをなだめる役を買っていたのが安倍応援団だと言えるだろう。安倍首相は多くの保守系言論人を「桜を見る会」に招待したことが判明しているが、その中には総理との会食の栄誉に浴した作家やジャーナリストもいるという。これによって、彼らの安倍への忠誠心は深まっていったのだ。

「でも、実際には、彼らが主張していることなんて安倍はほとんど政策に反映していない。リップサービスやおもてなしを欠かさないだけです。例えは悪いですが、ストーカーの一方的な愛に、たまにメールを返してあげている状態でしょう。手も握ってもらえないしキスもしてもらえないけど、ストーカーは満足する。安倍はそういうストーカーの扱いがよほどうまかったようで、彼らは菅新総裁が誕生したこの期に及んでも『菅の次は安倍だ!』とか『安倍院政を期待!』などと言ってますからね」

◆反安倍で結集できた左派陣営

一方の反安倍を標榜するリベラル陣営については、「安倍がいて楽だったのでは」と古谷氏は語る。

「民主党政権のときは、親米保守、反米保守、ビジネス右翼、経済右翼、ヤマ師などあらゆる保守勢力が、反・民主党の旗のもとで大同団結していましたが、それと同じことが今回リベラル勢力でも起きました。彼らにとっても恐らく第二次安倍政権は、結集を深めることができた黄金時代で、本音では安倍に辞めてほしくなかった人も多いのではと思います。

政治家で言えば福島みずほから蓮舫、小西洋之、石垣のりこ。そして小池百合子にかく乱された旧民主党系のひとたち。今般国民民主に残った山尾志桜里もその一派です。メディアで言えば、朝日新聞の高橋純子や政治学者の山口二郎、内田樹、アベノミクスを最初から批判してきた金子勝や浜矩子。立場としては本来まったく違う人々が反・安倍を旗印に概ね連帯できたわけです」

ただ、保守陣営では運動の核となるDHC系のネットメディアや、『正論』などの雑誌メディアがあった。しかしかつて一世を風靡した『論座』は休刊(※デジタルに移行)し、『世界』や『週刊金曜日』も部数的には風前の灯火。いまやリベラル陣営には活躍の舞台がなくなっているように見えるのだが……。

「いえ、運動の核は、リベラル陣営のほうが強い。まず日本共産党と社民党という革新系の国政政党があります。また、本当に左派陣営の核となっているメディアは部数的にも『しんぶん赤旗』でしょう。ネットで左派系メディアの影が薄いのも、革新の運動団体というものが、すでに実社会に網の目のように存在しているからです。

全国に民医連(全日本民主医療機関連合会)や民商(民主商工会)などの職能団体を抱えていたり、津々浦々の市町村に共産党議員団がありますからね。そのため右派のように、特定の民間メディアに集結していく動きは見られにくいというわけです。ネット右翼にはそういう職能団体はありません。右翼に政党なし、左翼に政党ありという状況です。ネットに右派的世論が溢れるように見えるのも、彼らに国政政党がないからです」

古谷氏の推計によれば、強固な左派思想(旧称革新系)を持つ層は400万~500万人プラスマイナス100万(おおむね日本共産党全国比例の得票)いるという。この数字はネトウヨ層の倍である。

◆安倍のレガシーにすがる左右両陣営

かくして左右のメディア・論者は、この600万~750万人に対して安倍をもちあげ、あるいは叩くことでビジネスをしてきたということになる。そんな彼らの、安倍退陣後の身の振り方はどうなるのだろうか。

「まったく影響はないと思いますよ。今後も安倍政権の存在は菅政権の背後にあり続けるのです。菅が新総裁になり、菅政権が誕生しましたが、右派系メディアにとっては菅のやることなすことすべてが『安倍のレガシー』。菅を育てたのは安倍なんだから、という理屈です。株が上がれば安倍のレガシー、オリンピックを強行開催できたら安倍のレガシー、消費税据え置きでも安倍のレガシーと言えるのです。

逆にもしオリンピックを断念したらそれはそれで菅の英断であり、その背後にはやはり安倍があるという訳で、なにをやっても安倍と接続して考える。7年8か月も続いた第二次安倍政権の『催眠術』が、そんなに簡単に解かれることはありません」

しかも、安倍官邸とは距離を置き続けた石破茂は、‘18年の総裁選で安倍と一騎打ちとなった前後より、保守界隈やネット右翼から強い批判を浴び、今回の総裁選でも3位と振るわなかったことに大はしゃぎしている。「安倍の敵であり売国奴である石破茂」という新たな仮想敵を創り出すことに成功した保守系メディアは、鼻息を荒くしているのだ。

かつて’90年代の保守論壇では、河野洋平や野中広務といった自民党内のハト派、中国・韓国寄りとされた政治家や経世会系、宏池会系を叩く誌面作りが王道パターンだったが、そこにまた回帰するのではないかと古谷氏は見ている。

「安倍の扱いについては、左派も同様です。菅政権下でも、反安倍の主張は色濃く残るでしょう。菅は『安倍政権の路線を引き継ぐ』と発言して閣僚人事も骨格部分は留任となっています。左派にとって菅は安倍の正統な後継者であり、菅政権は『安倍政権の亜種』あるいは『清和会の付属品』で、『菅のやっていることは安倍のカーボンコピーだ』と叩けるわけです。

かつて田中角栄と中曽根康弘の影響関係から『田中曽根内閣』などと揶揄されましたが、今回も『安倍菅(アベスガ)内閣』と呼び、安倍政権の延長線上で批判を行うのは確実です。もちろん、中曽根は官房長官に政治信条の違う後藤田正晴を入れるバランス感覚がありましたので、菅内閣と比較するのは失礼ですが(笑)」

◆’22年の参院選がカギを握る!?

そう、あくまで菅ではなく、安倍と菅のセットなのだ。左右の両陣営とも、手を変え品を変え、安倍の残り香を追いながら論陣を張っていくことになりそうである。安倍路線を引き継ぐ菅内閣が続く限り、両者のスタンスに変わりはない。変化が起きるタイミングは、’22年の参議院選挙だろうと古谷氏は最後に言う。

「もちろん目下の注目は衆院解散ですが、野党が弱い上、小選挙区の都合上、自公で過半数割れという事は起きないでしょう。菅内閣はこれで民意から信任を得たという事でいったんは乗り切るでしょう。

しかし問題は参議院です。’16年の参議院選挙で自民党は改選50議席を56議席に増やしました。連立を組む公明党も、改選9議席から14議席に増やしています。どう見てもこれは勝ちすぎの結果ですので、当時当選した議員が改選を迎える’22年の選挙では自公で減る公算が強い。

参議院は選挙制度上、勝ちづらく負けづらい性質があり、中間選挙的意味合いがある。しかし万が一大きく減れば自民党からはすぐ『菅おろし』が起こる可能性が高い。参議院で負けると大体政権はコケます。それまでの間、左右論壇は菅政権の一挙手一投足に安倍の影を見ながら、今までと同じことを語り続けていくのでしょう」

最後に菅政権が崩壊後の、ポスト菅についても聞いてみた。

「どこかの保守系の雑誌を出している出版社から、『第三次安倍政権待望論』みたいタイトルの本が出ると予言します。帯には『不死鳥のごとく蘇る安倍晋三』とか打つでしょうね。多分もう準備しているんじゃないでしょうか。実に楽しみです」

’22年の夏が、今から楽しみである。

<取材・構成/沼澤典史・野中ツトム(清談社)>

【古谷経衡】

(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/文筆家/評論家。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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