日本が想定している「仮想敵国」とはどの国を指すのか?

日刊SPA!

2020/9/12 08:52

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

その97 「仮想敵国」の想定すら議論できない国

◆安倍首相の「電撃辞任」と安全保障リスク

安倍首相は「インド太平洋戦略」を提唱し、米中対立の緩衝材の役割を担ってきました。米国の世界最大級のシンクタンクであるランド研究所は「安倍首相の辞任は日本の安全保障のリスクを上げ、米国の同盟関係を不安定にする可能性がある」との総評を出しました。

安全保障環境の変化が緊迫化をもたらすなかで、憲法9条を抱え防衛力に法律の縛りがある日本はどうなるのでしょうか?

たとえば、国際海峡である宮古島海峡では、中国空母「遼寧」を含む中国海軍艦艇群が押し寄せても無害通航であれば拒むことはできません。中国のH6爆撃機やY-8偵察機など複数の空軍機が通過したこともありました。中国から見て太平洋への出口となる宮古島海峡は、戦略的に重要な拠点なのです。

幸いこれまでは事なきを得ていましたが、島の人々はこの状況をどう考えているのでしょうか?

「宮古島の人たちは相変わらず酒を飲んで、海を見て、平和に暮らしています。まったく怖いと思ってないですよ。島民に軍事的危機感を持たせるのは難しいと思います」

宮古島出身のAさんがそう説明してくれました。

「でもね。アメリカの占領統治時代は宮古島の人はかなり過激に本土復帰運動をしました。だから、目を覚ましたら強いはずです」

現在、宮古島には地対艦ミサイルや地対空ミサイル防衛システムはあっても、島に近づく外国の艦艇や航空機を迎撃する「弾薬」は存在しません。宮古島駐屯地にミサイル防衛部隊が編成された際、ミサイル等の弾は住民の反対により島外に運び出されたのです。新しい弾薬庫が完成するまでは島内に弾薬を保管することはできません。もし、それまでに「何か」が起こったら? 「目を覚ましたら強いはず」では間に合わないのではないでしょうか。

◆「米中対立」の激化が行きつく先

9月1日、米・国防総省は「中国の軍事力に関する年次報告書2020年版」を発表しました。それによると、中国の核弾頭数は10年で2倍になり、少なくとも200発を保有しています。海軍力についても、米軍の艦艇が290隻であるのに対し、中国は350隻保有となっています。艦艇数の単純比較では見えないものもありますが、アジア地域だけに限定すればその差は明らかです。日米合同の海軍力でも軍配は中国側に上がります。

台湾国防部が同じく1日に発表した年次報告書では、中国海軍はハワイ近くの第3列島線に接近して訓練を行なっているとのことです。これはハワイにあるアメリカインド太平洋(USPACOM)司令部を攻撃できるということを意味します。尖閣や南沙諸島のみならず、太平洋の覇権をも米国と争うという中国の意思が感じられます。

今回、ハワイを攻撃圏内に入れたことで(point of no return)、中国はもう後には引けないラインを越えたと感じています。米国は領土領海への脅威を容認する国ではありません。しかも、何かが起きることが多い、米国の大統領選直前です。米中対立の代理戦争の場が日本の領土領海にならないことを祈るのみですが、いざそうなったときに島嶼を守れる弾がないというのでは泣くに泣けません。

米国は、このアジア地域での劣勢を補うために、日本や台湾に軍事力の拡大を求めています。台湾はGDP2%超えの軍事費をさらに10%拡大し、国を守る気概を示しましたが、日本はいつも通りのGDP1.1%程度です。しかも、災害派遣など「国防」以外の仕事が多く、相対的に国家の安全保障の重要度を下げています。米国内でも「日米同盟より米台同盟を主軸に考えよう」という声が大きくなりつつあります。

どんなオペレーションでも、モチベーションの低い相手と組めば全体の士気はダダ下がりです。本気で戦う気概のない相手とは命がけの軍事オペレーションはできませんよね。

なぜ、日本は危機感のない安全保障政策しか打ち出せないのかについては、評論家の江崎道朗さんがわかりやすく動画で説明していましたので、ご参照ください。

(参考動画:『歴史の教訓「失敗の本質」と国家戦略』について 江崎道朗のネットブリーフィング  菟田中子【チャンネルくらら】)

◆日本は「仮想敵国」を想定していない

平成26年に我が国は外交と防衛の基本方針を立てる「国家安全保障会議(NSC)」と事務方である「国家安全保障局(NSS)」を創設しました。これは安倍政権の大きな成果ですが、それまで日本には外交と防衛を一括して政策として考える国家安全保障を担う機関がなかったという事実に驚きます。

なぜそんなことになったのか?

大雑把に説明すると「内外世論を気にして仮想敵国を想定しないため、具体的な敵国の軍事力や軍事侵攻を想定して対処する防衛計画を立てることができない。仮想敵国すらないから、予算内でやれることだけやっとけば?」というのが我が国の姿勢なのです。

日ロ戦争までの日本は、伊藤博文ら元勲たちが、自明の理として外交と防衛を統合し国家安全保障戦略を考えてきました。その元勲たちが表舞台から去った後、日本は迷走し始めます。それでも戦前の日本は仮想敵国を想定していましたが、戦後は仮想敵国を想定してないんですよ。領海や領土上空に何度も弾道ミサイルを撃ち込み、日本人を拉致した「北朝鮮」ですら、仮想敵国ではないのです。

仮想敵国を指定してないわけですから、その国がどのようなかたちで我が国を侵略するのか、綿密な情報に基づいた具体的な演習や訓練をしているとは言えません。その国民の軍事力に対して勝てる軍事力を補強しようという検討もしません。

中国、北朝鮮、ロシアは虎視眈々と我が国の領土領海を狙っていますが、それらの国が我が国に対して軍事侵攻するという前提で議論をしなければ「今の自衛隊の軍事力で大丈夫か?」という評価はできません。

財務省が掲げる「GDP比1%程度」という枠がありますが、 その程度の軍事力しか日本は維持しないわけで、そこには「もし、中国・北朝鮮・ロシア等が軍事侵攻してきたら、どのような形で応戦し、勝つのか」というシナリオはありません。国防という観点からは「現実を見ない自己完結した空論」としか言いようがありません。つまり、何かあればそのときは「お手上げ」なのです。

「恐ろしい敵は見なかったことにすれば怖くない」ということでしょうか? 米軍との同盟への過度の依存も拍車をかけました。「何かあっても在日米軍が守ってくれる」などと一方的な期待を米国にかけても無駄です。

かわぐちかいじさんの人気コミック『空母いぶき』(小学館)では、平和な与那国島にある日突然、中国の空母艦載機が攻撃を仕掛けてきます。島は占拠され住民は全員拘束、自衛隊による奪還作戦が開始されるわけですが、これはありえない空想の物語なのでしょうか? 軍事侵攻が始まるときは、このように「ある日突然、何の予兆もなく」訪れるのではないかと私は思います。

また、そもそも『空母いぶき』では中国軍は島民を人質として丁重に扱い、自衛隊も正面から対峙して戦いましたが、いざ現実に侵攻されたとき、9条に縛られ武器弾薬の使用が制限された自衛隊と丸腰の私たちにどれだけの抵抗ができるのでしょうか。

米中の間にこれまで以上に不穏な空気が漂っていますが、このまま目と耳を塞ぎただ平和を祈るだけではあまりにも無力すぎます。

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

【小笠原理恵】

国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年、ブログ「キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ

あなたにおすすめ