高田明美が語る「意外なきっかけで完成したクリィミーマミの髪型」

【『Angel Touch』画集発売&展覧会開催記念 高田明美インタビュー 前編】

『うる星やつら』『魔法の天使 クリィミーマミ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『機動警察パトレイバー』などの人気タイトルを手がけてきたキャラクターデザイナー・高田明美。岡山県・倉敷市立美術館で特別展「高田明美展 Angel Touch」が開催され、追って同タイトルの画集が復刊ドットコムより発売されたことにより、これまでの仕事を一望できる、またとない機会を迎えた今、高田氏にこれまでのキャリアを振り返りながら、画集・展覧会の見どころについて語って頂いた。

――今回、『Angel Touch』というタイトルで二つの大きな動きがあります。まずは岡山県・倉敷市立美術館での展覧会の開催、続いて画集の発売です。そして『Angel~』は、高田さんのブログのタイトルでもあります。

高田 はい、ブログのタイトルの頭文字の「A.T」はAKEMI TAKADAの頭文字にもなっているんですよ。

――ということは、これまでのお仕事のひとつの区切りになるような内容になっていると考えて良いですか。

高田 そうですね、『魔法の天使 クリィミーマミ』に『きまぐれオレンジ☆ロード』、『機動警察パトレイバー』、『魔法のステージ ファンシーララ』。あと今まであまり展示してなかった『うる星やつら』も。これは絵的にもすごく初期で恥ずかしいところがあるんですが、まあ歴史だからって思って(苦笑)、今回の画集にも入れました。

――本当にキャラクターデザイナーとしてのキャリアの総括的な内容なんですね。

高田 画集には都合があって『パトレイバー』は掲載されないんですが、ほぼそういう内容になっていると思います。あと、ここ最近で展覧会を何回もやっていまして、そこでの反応を見ながら「この絵は人気がある」「この絵は外しちゃいけない」みたいなところが見えてきたので、そういうところも参考にしていますね。

――例えば、自分の思ってた以上に人気があった作品というのもあるんですか。

高田 『オレンジ☆ロード』なんかはそうですね。あの頃は若かったので、やりたい放題やっちゃってちょっとエッチなのもあって(笑)。「ごめん、見逃してくれよ」と思いながら展示してみたら……。

――人気があったと。そういえば、まどかが手ブラをしている絵とかありましたね。

高田 その南国風の絵はこの前複製画にしたんですが、凄い人気でしたね(笑)。あとは、まどかとひかるがレオタード姿のイラストも人気です。

――高田さんの絵は全然下品じゃないですから大丈夫ですよ。さて、せっかくですので簡単にこれまでのキャリアについてふり返らせて下さい。まずはキャラクターデザイナーという職業を目指したきっかけからお聞かせいただけますか。

高田 最初は漫画家に憧れていました。子どもの頃、絵を描くと親に見せに行って、その度に「よくできたわね、可愛いわね。また見せてね」って褒められるのがうれしくて。そんな風に描いたものが誰かの笑顔を生んでくれる、というのが絵を描く大きな動機になっているんですね。でも自分でお話が作れないし、親から「大学に行くのも大事だよ」と言われて、多摩美術大学に入ったんです。学部はグラフィックデザインを選択したんですが、そこでいろいろな絵を描く人がいることを知ったり、画材を一通りそろえたりすることで、後々であれこれと役立つことになりました。

――アニメ業界でのお仕事は、竜の子プロ(現・タツノコプロ)からですよね。

高田 はい。最初の3カ月は契約期間で「(キャラクター)デザインするならここを知っておかないと」っていう感じで。鳥海永行さんがいらっしゃる演出部に配属になって動画の研修を受けて。そこからキャラクター室に配属になりました。

――キャラクター室とは、当時竜の子プロにあったキャラクターデザイン専門の部署ですよね。現場はどんな雰囲気でしたか。

高田 入社時はまだ吉田竜夫さんがご存命で、吉田さんの遊び場みたいな感じになっていました。吉田さんがあまりに絵が上手いので、しっかり教えてもらおうって思っていたのに、半年後に亡くなられてしまってショックでした。仕事に関しては、割と自由というか「とにかくいいキャラをあげてくれればいい」という感じがあったんです。確か『タイムボカン』の時、天野喜孝さんは「いいキャラクターができるまで出社しなくていい」って言われていたらしいですよ(笑)。だから私も勤務時間に映画を観に行ったり、会社の経費でレコードを買ったりしたり、のびのびとやらせてもらいましたが、仕事そのものはとても厳しくて。キャラクターデザイナーのプロになるための基礎は、全部ここで学ばせていただきました。

――高田さんの名前が一躍注目されるようになるのは、やはり『うる星やつら』(81~86年、他)でしょうね。

高田 そうですね。入社してすぐの会社のお花見で布川(ゆうじ)さんと知り合ったんですが、その後布川さんが何年かして鳥海さんたちとスタジオぴえろ(現・ぴえろ)を立ち上げて独立したんです。キャラクター室はタツノコプロの顔だからバイト禁止だったんですが、実は当時、チョコチョコとぴえろのパイロット作品をいろいろと手がけている中で『うる星やつら』も声をかけてもらって。放送が81年の10月からと決まっていたので、片手間ではできなくなってその年の8月15日の終戦記念日に退社しました。でも、忙しくて失業保険の申請も行けなかったんです。

――『うる星』の企画が動き出したのは81年からなんですか?

高田 あの頃は、企画が決まってから半年でOAのスケジュールですね。そこからバーっとシナリオを作って、コンテやキャラクターデザインを進める感じで。当時出ていた4巻分くらいの単行本をいただいて、そこからいい表情なんかを模写してキャラクターにして、表情やポーズの設計図の形にしました。

――『アニメージュ』でも当時期待のタイトルとして、放送直前に表紙・巻頭特集で扱いました(と81年11月号を見せる)。

高田 ビキニのヒロインって刺激が強かったですよね。(記事に掲載された自身の写真を見て)私の髪の毛、チリチリになっているでしょう。フリーゼスタイルにしたかったのに、美容院で何を間違えたのか、アフロにされちゃったんですよ(笑)。

――版権イラストも、この辺りから手掛けられるようになるわけですね。

高田 はい。でも雑誌掲載のイラストは欲しいけれども、ぴえろとしては現場のラインを雑誌に回したくないという(笑)。

――ああ、セル画で本編の作業を止められるのは困るということですね。

高田 だから、私一人で仕上げないといけない。そうなると、やはり大学時代に買い揃えた画材が役に立ちましたね。最初はデザイン画を再現しようと思って、線はロットリングの黒で引いて、色はカラーインクで塗っていたんです。そのうち一番使いやすい鉛筆や色鉛筆で進める自分のやり方になっていったんですけれど。

優しい線と色遣いに魅了されるオリジナルイラスト (C)TAKADA Akemi

――他に当時の思い出などありますか。

高田 当時の押井(守)さんは、わりと納期と予算を守る監督だったんです、今は知りませんけれど(笑)。だからお金をかけてたっぷり動かす回と、止め絵を多くした回のメリハリをつけていたんですね。でも止め絵が多くなると、絵面を派手にするためにキャラクターデザインの負担がきつくなってくるんです。確か十二単衣が出てきた回があったと思うんですけれど、その時のゲスト登場キャラクターの発注がA4の紙3枚分あったんですよ。『(科学忍者隊)ガッチャマン2』(78~79年)なんかだとA41枚に収まるくらいで、メインの3つは天野さん担当だったのに(苦笑)。しかもギャラは1話のグロス扱いだったので、ちょっと辛かったです。

――それは確かに辛い(笑)。しかし大変なヒットを記録して、長く愛される作品になりましたね。

ーー続く形で、高田さんの代表作と言える『魔法の天使 クリィミーマミ』(83~84年)を手がけられます。

高田 『うる星やつら』の制作がぴえろから(スタジオ)ディーンに変わったので、押井さんを除く同じスタッフで布川さんが勝負をかけたんだと思います。伊藤和典さんはSF・ファンタジー指向の強い人だったんですが、亜細亜堂から日常描写にこだわる小林治さんや望月智充さんが入ってこられたことで地に足がついたファンタジー感覚が生まれ、普通の女の子が魔法を使う設定にリアリティを持たせることができたんじゃないでしょうか。

――放送から何十年も経った今でも、若い女性向けのブランドでコラボアイテムが展開されるなど、マミの可愛さがまったく古くならないのって凄いですよ。

高田 『マミ』って、初めての本格的なオリジナル作品ということもあって、私のベースの絵に一番近いと思うんです。子どもの頃からいろんな漫画家さんに影響されながらノートに女の子をいっぱい描いていましたが、その中でも素直にすっと出せる絵だったかなって思います。

――キャラ作りで、ポイントにしていたことはありますか。

高田 これはインタビューで何度も語っていることなんですが、マミは優とは別人、まったく違うキャラなんです。あれは俊夫に振り向いてもらいたい優の恋心が魔法の力で実体化したものだから、実態がない存在なんです。その実態のなさが女の子を惹きつけたんじゃないかと思います。あと、マミの服は、私が子どもの頃に着たかった服と実際のアイドルの服を合わせて考えて、楽しんで描いていました。

――子どもの頃の憧れの服って、どういうものですか。

高田 ピアノを習っていて、発表会の時に服を買ってもらうんですが、割合スッキリした今思えば品のいい服ばかりなんです。自分としてはフリルのついたソックスが履きたかったし、ピンクのふわっとしたワンピースが着たかった、みたいなそういう思いが頭のどこかに残っていたんですね。その後、松田聖子さんの服なんかを見て、やっぱりこういうのが可愛いと思って、その方向でまとめていきました。

――マミは独特な髪型も印象的でしたね。

高田 最初は別のイメージだったんですが、たまたま踊りながら歌っているマミの絵を描いたら「この髪型でやってください」と言われて決まったんです。でもあの髪の形、動きの中でたまたまああなっていただけだったんですけれど……。

――ハハハハ、たまたまふわっと浮いている髪の形が選ばれたわけですね。

高田 あと、マミでラベンダーカラーに目覚めたっていう人、多いですね。

――あの髪の色を選んだ理由は?

高田 ちょっと前に『魔法のプリンセス ミンキーモモ』があったから、ピンクだけはやめておこうね、という感じで、いろいろ試し塗りをして、最終的にバンダイが選びました。ちょっと違うヘアスタイルや格好でも、髪を紫で塗っておけば「マミだ!」とわかってもらえますから、それは便利ですよね。

――マミは女の子だけでなく、男性ファンも虜にしましたよね。

高田 OVA『永遠のワンスモア』(84年)の発売記念上映会があって、その時初めて「こんなに男性のファンがいたんだ!」って驚きましたね(笑)。まだ作品を観たことがない人には『永遠のワンスモア』と続編の『ロング・グッドバイ』(OVA・85年)は、ぜひ観てもらいたいです。

(以下、後編に続く)

高田明美(たかだ・あけみ)
1970年代後半に、アニメ『ヤッターマン』のゲストキャラクターデザインを務めて以来、キャラクターデザイナーとしての活動は40周年を越える。代表作は『魔法の天使 クリィミーマミ』『うる星やつら』『きまぐれオレンジ☆ロード』『機動警察パトレイバー』など多数。現在でも展覧会で各作品の新作を発表したり、新企画のキャラクターデザイン、イラストなどを手掛けている。

>>>『Angel Touch』表紙などを見る

当記事はアニメージュプラスの提供記事です。

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