<純烈物語>本人公認!焼き肉弁当販売のテーマソングは純烈の曲<第61回>

日刊SPA!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第61回>焼き肉弁当店頭販売の公認テーマソングは純烈の『愛をください~Don’t you cry』

「焼肉八起」の名物おかみ・唐澤時子さんが純烈応援グッズの黄色いメガホンを欲しがったのは、自分がそれを使うためではなかった。現物を分解した傍らには、同じ色をした模造紙が置いてある。

つまり、お手製のメガホンを作るための型として必要だったのだ。紙を切るだけでなく、そこに絵を描き応援の言葉もしたため、さらにはメンバーの写真を切り抜いて貼る。それを50個分用意し、その日のお客さんを待った。

「はーい、今から純烈っていうグループの唄をかけるから。このメガホンを持って一緒に歌ってねー! わかんなくてもいいの、これをパンパン叩くだけで一緒に楽しめるから」

純烈が好きだからと自分だけが楽しむ発想は、おかみさんにははじめからなかった。あくまでもお客さんとともに盛り上がるべく、自作のメガホンを用意した。

「ビビンバを混ぜ混ぜする時に、あたしは流行りの唄を歌いながらやっていたの。それを聴いたお客さんに『八起といったら大黒摩季でしょ』と言われて『ら・ら・ら』をかけるようになったんだけど、歌詞カードがないと歌えないからそれもみんなで書いて、その流れで『愛でしばりたい』も歌詞を模造紙3枚分書いたの。

唄を知らなくたって、メガホンを叩くうちにみんなノッてくるのよ。『愛でしばりたい』はリズム感がある曲だから、純烈を知らないお客さんもノリやすい。そんなことを続けるうちに純烈さんがテレビへ出るようになって、お客さんも『おばちゃんがポスター貼っているこの人たち、テレビに出てたよ!』と言ってくれて。ここで歌ったのをきっかけに、応援してくれるようになっていったの」

紅白歌合戦出場がまだ遠い夢だった頃から、おかみさんはこうして普及活動を続けてきた。らしいなと思えたのは「はじまりは大黒摩季さんだったから」と、その応援用メガホンも一緒に作ったこと。今でも純烈とともに『ら・ら・ら』をかけて、お客さんと合唱している。

純烈のナンバーに関してはお客さんから「何がいい?」とリクエストを募り、それに応える。日によっては3曲かけて盛り上がることも。最近は、やはり最新曲を知ってもらうために『愛をください~Don’t you cry~』が多い。

「人って、歌って踊りたいのが本能だと思うのよ。その本能を抑えて生きているかもしれないけど、いざ歌うとなったら純な気持ちになって、お店から帰っていく。これなんだよ、大事なことは。知らない人同士がこんなにも一つになれる……なんて素敵なんだろう。それを何度も見ていれば、これが本当の姿なんだからもっと歌って踊ろうよ、もっと人生楽しもうよってなるでしょ。そういう本能を出して生きたっていいじゃない。

まあ、お客さんはお店に来て時にワーッとやれるからいいんだけど、ウチのバイトさんは毎日6時間も8時間も純烈さんの曲を聴かされてさ。医学生が3人いるんだけど、勉強しなきゃいけないのに純烈さんの唄が浮かんできちゃって『いかんいかん、集中しなきゃ、ハハハ……』ってなるんだって、アッハッハッハッハッ! まあよく頑張ってくれているよね。あたしは、曲がかかっていてしあわせだけどさ」

◆本家が「弁当販売のテーマソング」として公認

新型コロナウイルスの影響で、八起では4月15日より持ち帰り用の弁当販売のみの営業をおこなってきた。6月3日から店内営業を再開したあとも好評につき続いているが、そこでも『愛をください~Don’t you cry~』をループでかけまくっている。

弁当販売を始めた2日後、酒井一圭と小田井涼平がBS朝日『極上空間』のロケーションで同店を訪れたさい、「弁当販売のテーマソング」として公認。これにより、ますますヘヴィローテーションとなっていった。

さすがに最近は遠慮がちに子ども向けの曲や、長男・章三さん夫人の好きなアーティストを混ぜているが、それなりの大きな音量でかけても近所から苦情が来たことはない。

「それどころかよく店の前を通りすがる近所の方が『いつもいい曲をかけてくださって』って言ってくれるぐらいで。これはお客さんもウチのバイトの子も口を揃えて言うんだけど、毎日一日中かけても純烈さんの曲は全然飽きないし抵抗もないし、心地いいって。『焼き肉おいしかったです。でも、BGMもよかった』って言ってくださるお客さんも多いの。すかさずあたしは『ありがとう! この曲は純烈っていってね……』と説明するんだけど」

◆本人交えて店での大合唱

公式YouTubeチャンネルにアップされた酒井の八起サプライズ登場時もドンチャン騒ぎとなったが、こうしたことは何度かあったらしい。『プロポーズ』がリリースされた直後にその歌詞を書いていると、やってきたお客さんが「何してんの?」と興味を抱き、さっそく曲をかけて歌い始めた。

そこへひょっこり酒井がやってきて、輪の中へ加わる。純烈の唄をそのメンバーが仕事抜きで一緒に歌うというシチュエーションに、お客さんも大興奮。こうして八起は、音楽に包まれる毎日を送るようになった。

「もともと演歌は嫌いだったの。あたしは(山口)百恵ちゃんに(松田)聖子ちゃんの時代の人間だからそういう感じだったんだけど、商売をやっていると有線がかかっているから自然と身につくのね。それである時『落語をやっていると、歌ってくださいと言われるから演歌の一つでも歌えた方がいいよ。そこで、あたしなんかいいですって言うんじゃなく、それでは歌わせていただきますとやった方がいい』って言われて。

それで、歩いて1分のところに石川さゆりさんを小学校時代に教えたという唄の先生がいることを知って、レッスンに通い始めたの。あとはカラオケへ誘ってもらった時に『プレイバックPart2』を歌ったら、唄よりも先に曲が終わっちゃって。それこそプレイバックしてほしかったわよ! そこで恥をかいて、練習する気になったの」

幼少の頃に父が江利チエミのドーナツ盤をかけ、寝る前に聴いた記憶があった。また家の窓のカーテンを幕にし、開けると出てくるといった遊びもやった。エンターテインメントとして音楽を鳴らす下地はあったようだ。

◆おかみの根源には何がある?

こうしてテキストだけでも、おかみさんがいかに実行力とテンションの高い人物かが伝わっていると思われる。その根源には何があるのだろうか。

「やっぱり楽しく生きたもの勝ちだからね。誰だって悩むことはあるけど、ハッと気がついたらそんなものはポンポンと後ろに投げ捨てて前だけ向くこと。だってさ、自分が悩んでいるほど他人は気にしていないものなのよ。その前向きにいける力を、あたしは純烈さんからいっぱいもらっている。こうして笑顔にしてくれるんだから、ありがとうだよね。

実行力? 高校までのあたしは、そういうのはなかったなあ。だけど、早くから自立したいという気持ちがあって、だから行動しちゃうのかもね。言われてみると、あたしの自立心から実行につながって、純烈さんの曲が焼き肉弁当のテーマソングになるまで続いているんだ。すごいねえ! 今は毎日が楽しいわ。なんかあってもカラオケで吐き出して次の日に引きずらない。カラオケでも純烈を歌うわよ。憶えないと悔しいもの!」

早くから自立したかった――その何気ない言葉に興味が湧いた。今、こうしてお店をやっているということは、そこからつながる物語があるはずだと思ったからだ。

純烈を応援する焼き肉店として、これまで何度となくメディアにとりあげられている八起。しかし、おかみさん自身の半生まで深くは掘り下げられていない。唐澤時子さんは、どんな道を歩んで、純烈の聖地へとたどりついたのだろうか――。

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

【鈴木健.txt】

(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』が発売

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

ランキングをもっとよむ

注目ニュース

注目記事をもっとよむ

あなたにおすすめ