国境を丸腰で守る…自衛隊が抱えるジレンマに悩み退官。元自衛官の告白

日刊SPA!

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

その96 北朝鮮の工作船に対峙した巡視船「いなさ」退役

◆自衛隊の問題を考える契機となった能登沖北朝鮮工作船事件

さる6月19日、過去に北朝鮮の武装工作船を追尾し銃撃戦を繰り広げた海上保安庁の巡視船「いなさ」が解役(引退)となりました。海上保安資料館横浜館には奄美大島沖で沈没した工作船も引き上げられて展示されています。

巡視船「いなさ」はその役目を終えましたが、今この瞬間も北朝鮮をはじめ中国やロシアなどのさまざまな国が日本の領海、領空に対して侵犯などの問題行動を繰り返しており、海上保安庁や自衛隊は絶え間ない緊張を強いられています。北朝鮮工作船事件も能登半島でも起こっていました。

先日、ダイヤモンドオンラインの取材を受け、「なぜ、自衛隊の問題に関心を抱いたのか?」について聞かれました。海上自衛官の友人から能登沖北朝鮮工作船事件の話を聞いたことが自衛隊問題を知るキッカケでした。自衛隊が想像以上にがんじがらめで、予算、兵站、人員、そのすべてが硬直化していました。自衛隊は内側から問題を改善できない理不尽な構造なのだと、この工作船の話で気づいたのです。

この連載もゴールの100回まであと少しになりましたので、私が彼から聞いた不審船対処の現場の話をぜひ、ここで紹介しておきたいと思います。

◆北朝鮮工作船事件でパイロットが経験したこと

1999年3月、能登沖を航行する漁具を積んでいない船から不審な電波が傍受されました。船名はすでに廃船になったはずの「第一大西丸」。これを受け、海上自衛隊舞鶴基地から護衛艦「はるな」「みょうこう」「あぶくま」が緊急出港しました。

その段階では海上警備行動は発令されておらず、あくまでも調査のための出航とされていました。同時に、海上自衛隊八戸基地のP-3Cが上空から偵察行動を行いました。そこで撮影された写真からこの船が北朝鮮の工作船と判明。停船命令に従わない船に向け、海上保安庁の威嚇射撃が始まりました。

この段階で、私の友人のパイロット氏はクルーとともに召集されました。

「能登沖の不審船は北朝鮮の工作船ということがわかった。君たちに出動命令を出さなければならないが、今の法律上、君たちを丸腰で現場に送り出すしかできない。必ず帰ってこい。無事に帰ってくるのが君らの一番のミッションだ」と、当時の指揮官は目を真っ赤にして、涙ながらの訓示をしたと聞いています。

「相手は武装している可能性が高い。だから撃墜されて死ぬかもしれない」

彼は家族のことを思いましたが、別れを惜しむ時間も遺書を書く時間もない。公衆電話で1人3分以内の連絡が認められ、テレカを握りしめて列に並んだのだといいます。

「人は自分の命に危機が迫っていると感じると、アドレナリンが回るのか、妙にハイになって困った。なぜか、こんな不安な状況なのにみんな笑っているんだよ。あれは後にも先にもあのときだけの不思議な経験だった」とパイロット氏は語っています。

彼のP-3Cは、その後海上警備行動も発令されたため、対潜爆撃を行いどうにか無事に帰還することができました。

そのときのクルーたちは今でも時折集まって、当時の話をする会合を開いており、いわゆる「同期の桜」的な感覚で、生死を共にした絆で結ばれているのだそうです。この話だけ聞けば自己犠牲精神に溢れた美談で終わってしまうかもしれません。

しかし、ここで私が言いたいのは「国を守るのに自衛官の犠牲(命)を前提とする感覚はオカシイ」ということです。

◆国境を守る自衛隊に武器を持たせられない国

北朝鮮と韓国の国境線上にある両国の共同警備区域「板門店」では両国の兵士が武装してその場を守っており、その軍事境界線上は地雷原となっています。その地雷原を亡命者や工作員などが通り、犠牲者を出すこともあります。

北朝鮮と韓国は停戦中で戦争状態にあるため特に国境警備は厳重ですが、国境を守る兵士が武装するのはごくごく普通のことです。世界の多くの国々では国境警備の警察や保安官ですら、実弾を装填した実銃を持って警備にあたります。日本は自衛隊や警察や海上保安官が武装することにアレルギーを持ち、国を守る防人にも武器使用をなかなか許さない「普通でない」国なのです。

世界の人たちは「自国を脅かす国やテロリストなどの組織から国民を守る」という使命を国に託します。しかし、日本のマスコミや知識人は「自衛隊の暴走から国民を守る」という使命(?)を口にします。

日本国憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というくだりがありますが、日本以外の諸外国には公正と信義があるという前提なのでしょう。

しかし、そんな理想論をあざ笑うかのように我が国に向けて多数のミサイルを撃ち込む国があり、領土を不法占拠する国があり、尖閣諸島で我が国の漁船を追尾する外国の公船があります。現実には「平和を愛する諸国民」なぞ存在しないのです。

そんな国々に囲まれている状況で、自国を守る自衛官がその身を守るための武力すら臨機応変に使えないままでいいのか。疑問を通り越して怒りすら感じます。自衛隊は我が国の最後の守りです。自衛隊という砦が突破された後に敗戦国となった日本がどうなるのかを想像してもらいたいものです。

尖閣諸島に100日間連続して中国の公船がやってくる今、私たちは私たちの自衛隊を丸腰で犬死にさせることなくその意思と能力を十分に発揮させるため、障害となっているルールや問題点をもう一度考え直さなければならないのではないでしょうか。

上記のパイロット氏はその後、海上自衛隊を中途退官しました。自衛隊を縛るさまざまな問題は内部から変えることができないというジレンマに苦しんだためです。現在、彼は議員秘書をしつつ、政治を変えていくために下支えとして頑張っています。

最後にもう一度、彼の言葉を紹介したいと思います。

「現状、入隊希望者も少なく、充足率も低くなっているなか、ジプチでの海賊対処行動のほかにも中東への海自部隊の派遣、アメリカだけでなくオーストラリアやインドとの共同訓練などの機会の増加、東シナ海での長期間に及んでいる監視、大規模災害の増加や災害派遣の長期化傾向(便利屋になりつつある)など、人は増えずに任務の増加、適切な文書管理、情報保証や秘密保全などの管理業務量の増大、隊員にかかる負担は年々増大しているのが現状です。

この現状を打開するために、声を上げたくても「政治的中立性」という高い壁により声を届けられない隊員たちの生の声を拾っていただければ、元隊員としてとても心強く感じます。

日本国民の生命・財産を守る最後の砦である自衛隊員たちの士気高揚、少子高齢化による入隊希望者減少に歯止めをかけられるような政策を推進していきたいと思います」

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―

【小笠原理恵】

国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年、ブログ「キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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