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蝶野正洋が腰の低いMCぶりで本音を引き出す「オレの激闘!ベスト5」“犬猿の仲”越中詩郎とも遂に対峙

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月~木の帯で『バラいろダンディ』(TOKYO MX)のMCを務める蝶野正洋の姿を見ると、隔世の感がある。「黒いカリスマ」に変身する以前の蝶野は、決して言葉で主張するタイプの選手ではなかったからだ。

そういえば、橋本真也からの紹介で89年にテレフォンョッキングへ出演した蝶野は、終始無言を貫き通していたと記憶している。99年発売のムック『悶絶! プロレス秘宝館vol.3』(シンコー・ミュージック)は、この時の蝶野の様子を以下のようにリポートする。
「たまに口を開いても『喋る方、得意じゃないんで』『ちょっと思いつかないッスねえ』『ちょっとわかんないッスね』『いえ』を繰り返すだけのネガティブファイトぶりなのだ」
「しょうがないから『笑うと日野皓正さんに似てますね』などとタモさんが適当にいじって場をもたせる」

仕切りながらもいじられる現在の蝶野の姿を見れば、基本的なスタイルが変わっていないことは察せられるが、安心感はあの頃とケタ違い。マット界からテレビ界へ進出した人材は数多いものの、これほどまでバラエティ対応スキルを見せたのは高田延彦と蝶野の2人だけだろう。

「藤波、木村、越中は一番嫌いな先輩だった」(蝶野)
CS「テレ朝チャンネル2」にて放送中『ワールドプロレスリング オレの激闘! ベスト5』をご存知だろうか?


毎回、ゲストとして招かれたレジェンドレスラーが自らのベストマッチ5試合を選び、当時の心境、思い出、今だから話せることなどを、試合映像を観ながら振り返る特別プログラム。司会を務めるのは蝶野正洋だ。

この番組、特に“昭和新日”を愛するファンにとってはとてつもなく面白い内容になっている。まず、リング上の対立構造を抜きにし、選手がプライベートそのままのテンションで口を開いているのがレア。だからこそ、本音がポロッとこぼれ落ちてしまうのだ。

どんな本音が出たか? それをご紹介するに絶好なのは、第一回の「蝶野正洋編」だ。
この日はMCが自らの歴史を振り返るため、変則形式として「プロレスTODAY」編集長の柴田惣一が聞き手としてゲスト出演した。実況席に座る柴田や辻よしなり相手に「黒いカリスマ」として傍若無人な態度を貫いていた蝶野だが、この回のオープニングは両者のこんなトークからスタートする。

蝶野 柴田さんとは本当に……
柴田 長いですよね。
蝶野 必ず、試合の後は夜飲みに行ったりっていうイメージしかなかったですけど。
柴田 いえいえ。イハハハハ!(意味深な笑) 蝶野さんとも楽しい思い出が色々と(笑)。

この日、蝶野が挙げた「オレの激闘! ベスト5」は以下だ。
●武藤、蝶野、橋本 VS 藤波、木村、越中(1988年7月22日 有明コロシアム)
●蝶野正洋 VS 橋本真也(1991年8月11日 両国国技館/第1回G1 CLIMAX準決勝戦)
●長州、橋本、平田 VS 蝶野、H斉藤、天山(1995年2月12日 後楽園ホール)
●蝶野正洋 VS 中牧昭二(1997年1月4日 東京ドーム)
●長州、橋本 VS ムタ、蝶野(1997年7月6日 札幌真駒内アリーナ)

ここで取り上げたいのは、有明コロシアムでの三銃士VS藤波組。「闘魂三銃士」初見参となった、歴史的な一戦である。当時の試合映像を観ながら発する蝶野のぼやきは必聴だ。
「藤波さん、木村さん、越中さんって、おいしいところしか取らない3人だから。誰もねぇ、技を受けようとしない。一番嫌いな先輩でしたね」
当時の新日マットは、UWFスタイルの残り香が充満していた時代。一方、三銃士の3人は海外のプロレスに触れ「こういうプロレスもあるのか」と見識を広めたばかりの頃。特に蝶野と武藤は、相手の技を受けないスタイルに対し「あんなのプロレスじゃねえ」という感想を持っていたらしい。

「天山を維震軍のような三流チームへ入れるわけにはいかない」(蝶野)
この回で蝶野は、天山広吉に目をつけた経緯についても明かしている。いわゆる「狼群団」の結成秘話だ。
「天山が自分と同じヨーロッパに出されてて、自分もドイツは毎年帰ってて、天山とは会ってたんですよね。すごい成長してて。天山は橋本選手の付き人してて、長州さんが物凄い可愛がってたんですね。だから、本隊の方にそのまま行くのが普通の流れだったんですけど、そこに越中さんと木村さんの平成維震軍っていうのが手を出してきたので『この有望株の選手があんな三流のチームに入ってしまったら大変なことになる』と(苦笑)。平成維震軍が手を伸ばしてなかったら、俺は行動してなかったかもしれない」
「長州さんと橋本選手に揉まれていくんであればいいなあと思ったけど、やっぱり越中詩郎と木村健悟ではいけないだろうと。それでしょうがなく、俺は動いたわけです」

実はこの番組、蝶野と“犬猿の仲”と囁かれた越中詩郎もゲスト出演している。越中が挙げた「オレの激闘! ベスト5」は以下だ。
●ザ・コブラ VS 越中詩郎(1986年2月6日 両国国技館/IWGP Jrヘビー級王座決定戦)
●越中、武藤 VS 前田、高田(1987年3月20日 後楽園ホール/IWGPタッグ王座決定戦)
●越中詩郎 VS 馳浩(1988年2月7日 札幌中島体育センター/トップ・オブ・ザ・スーパージュニア優勝決定戦)
●蝶野正洋 VS 越中詩郎(1992年7月31日 札幌中島体育センター)
●武藤敬司 VS 越中詩郎(1995年8月11日 両国国技館/第5回G1クライマックスAブロック公式戦)

“G1男”と呼ばれた蝶野の前でG1での試合をピックアップした越中は、素直に恐縮する。
越中 蝶野を前にしてG1のカードを言うのもおこがましいんだけど(笑)。
蝶野 G1って決勝しか記憶には残んないですけど、それ以外の予選で名勝負がいっぱいあるんですよね。その中でも越中さんが名勝負をいっぱい作ってきてるっていう。それは、ファンの間でも選手の間でも言われてますけど。

11月25日放送回では、越中の盟友であった小林邦昭がゲスト出演。平成維震軍結成の発端になった誠心会館との揉め事について振り返った。

小林 (青柳)館長の弟子が、後楽園の控室のドアを開けっ放しで出ていったんだよねえ。で、俺が「閉めろ」って言ったんだよ。その時、なんだかちょっと嫌な顔して、その時にもう俺の手が出てボコボコにしちゃったんだよね。それで、師範代の齋藤(彰俊)が出てきたの。
蝶野 小林さん、そういうトラブル系多いですねえ。
小林 そうねえ、トラブルねえ(苦笑)。
蝶野 やっぱり思ったら手が出ちゃうタイプですよね、小林さんは。そういうの多いですねえ(笑)。
小林 いや、そうでもないよ、俺!
蝶野 いや、小林さんは気短いですよ!
小林 いや、短くないよ~。
蝶野 いや~、昔から小林さんは気が短いです。
小林 仏様みたいだもん(笑)。
蝶野 いや、そんなことないですよ(笑)。

藤原を見て「やばい世界に入った」とびびる新弟子時代の蝶野
この番組、第2回のゲストは藤原喜明であった。蝶野と藤原といえば、「猪木さんに命預けます」の名ゼリフで新日再登場を果たした藤原に対し「新日本にお客さんのいる場所はねえんだ!」と蝶野が食って掛かり、一悶着を起こした関係性が忘れられない。

蝶野 一回、どこかの巡業で坂口(征二)さんがビデオをバスの中で流して。
藤原 あ~。
蝶野 それがうるさかったんで、藤原さんが突然、救急箱からアイスピックを取って近くのスピーカーを”バカン!”ってぶっ刺して音を止めたのをすごく覚えてますね。
藤原 あれねえ、当時、すごく高いバスを新日本プロレスが買ったんだよ。俺ら、昼間練習してるわけじゃない? 移動中の時間ってのは、ゆっくり休める時間なんだよな。それが、『西部警察』よくやっててなあ(笑)。でな、眠れないってことで「おい、救急箱出せよ」って言って、何千万の新車のバスのスピーカーを“バン! グリグリグリ……”って。そしたら、みんな思ったらしいよ。「藤原、ぶん殴られるぞ」って。で、坂口さんが「おい、誰が壊したんだ、これ!?」「藤原さんです」「藤原!? チェッ!」で終わったんだよね。
蝶野 ですね。あの時はもう唖然としちゃって、俺らは「やばい世界に入っちゃったなあ。どうすりゃいいんだ……」と思って、衝撃的でしたね。
藤原 まあ、この世界は色々あるからな。最後は力だからさ、なんかあったらぶっ殺してやろうと思ってさ。(スタッフに向かって)あの~、ちょっとマズい所はカットしてな(笑)。
蝶野 (おしぼりで汗を拭う)
藤原 お前、クスリやってねえか? すっごい汗かいてるな。
蝶野 いや、やってないです(苦笑)。

この回で藤原が挙げた「オレの激闘! ベスト5」は以下である。
●前田日明 VS 藤原喜明(1986年2月5日 大阪城ホール/UWF代表者決定リーグ戦)
●新日本プロレス VS UWF勝ち抜き戦(1986年5月1日 両国国技館)
●長州力 VS 藤原喜明(1994年1月4日 東京ドーム)
●橋本真也 VS 藤原喜明(1994年6月1日 仙台市体育館/IWGPヘビー級選手権)
●アントニオ猪木 VS 藤原喜明(1995年3月19日 愛知県体育館/INOKI FAINAL COUNTDOWN 4th)

「大仁田さんは大先輩ですから」(蝶野)
今年の10月に7度目の引退を果たした大仁田厚もこの番組に出演している。この2人といえば、乱入する大仁田に急襲された蝶野が無抵抗で攻撃を受け続け「俺は素人には手を出さねえ!」と言い放った出来事が印象深い。
「なんで俺は蝶野さんに呼ばれるのかなあ? って今回も思ったくらいですから。ただ、『会いたいなあ』と思ったし、前と違いますよね、全然。しゃべる機会があるんだと思って、なんか嬉しかったですね」(大仁田)

一度は大仁田を素人扱いした蝶野であったが、ここでは大仁田を業界の先輩として立て続ける。
「大仁田さんが新日本に入ってこようかという時に、直接は聞いてなかったですけど、猪木さんが『大仁田は怖いぞ。お前らのレベルじゃないぞ』っていうようなことを言ってたと。『ビジネスの観点、プロレスの枠が違うぞ』と言われているということは聞きました」(蝶野)

この番組で大仁田が挙げた「オレの激闘! ベスト5」は、以下だ。
●佐々木健介 VS 大仁田厚(1999年1月4日 東京ドーム)
●蝶野正洋 VS 大仁田厚(1999年4月10日 東京ドーム/ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ)
●武藤、天山、H斉藤 VS 蝶野、AKIRA、大仁田(1999年7月21日 札幌中島体育センター)
●グレート・ムタ VS グレート・ニタ(1999年8月22日 神宮球場/ノーロープ有刺鉄線バリケードマット電流時限地雷爆破ダブルヘルデスマッチ)
●長州力 VS 大仁田厚(2000年7月30日 横浜アリーナ/ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ)

ここで注目は、やはり「蝶野VS大仁田」だろう。当事者2人が、お互いによるシングルマッチを映像を観ながら振り返った。
蝶野 試合前に(有刺鉄線を)確認しに行ったらこんな尖ってるから「嫌だよ、俺もう帰る!」って言って(笑)。
大仁田 (ハマーに乗って入場してきた蝶野を観て)あの後、僕はハマーに乗りましたけどね。それは僕の蝶野さんに対するアンチテーゼでもあったのかな、みたいな(笑)。
蝶野 俺、会社に「有刺鉄線なんかやりたくないし、できないです」って言ったんですけど、もうカード組まれちゃったから(革の)ベストを作って。だけど、爆破して破けちゃって。ヤバいなあと思って。……なんで、こんなこと考え付いたんですか!?

この試合は、両者KOで引き分けという結末に終わっている。試合後、大仁田の肩に革ジャンをかけて退場する蝶野の姿は印象的であった。
大仁田 あの時、革ジャンをなんで僕の肩にかけてくれたのか?
蝶野 新日本の中でストロングスタイルを守らなければいけない立場にいましたけども、自分も海外武者修行の時にいろんなプロレスを見て、客が入らないインディの会場でやったり。それもプロレスだし。大仁田さんがやってるのを最初は理解できなかったですけども、でもやっぱりそれもプロレスだし。ステージはそれぞれ団体によって違うけども、レスラーが持ってる“レスラー魂”、何かのために戦ってる。俺はそこは分かってましたんで。新日本の中の当時のレスラーたちは頭が固すぎる。プロレスラーはもっと幅広く、色んなことをできなきゃいけない。そういうところで、俺は「一緒に共闘して広げていきたい」「よろしくお願いします」という意味がありました。いや、もう、本当に大先輩ですから。
大仁田 イヤ、イヤ(笑)。

若き中邑真輔へのダメ出しを連発する武藤敬司
蝶野正洋の同期、お互いがデビュー戦の相手でもある武藤敬司もこの番組に出演している。「プロレスリングマスター」とも呼ばれる武藤だけに、過去の試合を振り返る様子は評論家はだしだ。彼が挙げた「オレの激闘! ベスト5」は、以下。

●藤波辰巳 VS 武藤敬司(1986年10月13日 後楽園ホール)
蝶野 間がないもんね。藤波さん、間を取らないもん。
武藤 そう、そう(苦笑)。そういう意味で、猪木さんが一番間を取ってくれたよ。
蝶野 いきなり、メインエベンターとの抗争だもんね。でも、藤波さんじゃなくて、もしかして木村健吾さんだったら勝ってたかもしれないよね?
武藤 うん? 木村さんだったら、まあまあ、もしかしたらいいとこ見せれたかもしれないけど(笑)。フフフフ! 「せっかちなプロレスしてるなあ」なんて今振り返ってみたらさ、思うよ。
蝶野 しょっちゅう言ってたもんね? 「藤波さんと長州さんはせっかちだ」ってね。
武藤 せっかち、せっかち。間が持てないっていうかね。長州さんなんか特にさ、気が短いというかさ、間が嫌いというかさ(笑)。

●M斉藤、橋本 VS 武藤、蝶野(1990年4月27日 東京ベイNKホール/IWGPタッグ選手権)
武藤 これは近代的なプロレスの始まりだったんだよ。それまでは、UWFスタイルがプロレス界にはびこってたんだよ。近代的なプロレスの走りだよ、この試合は。
蝶野 マサさんもアメリカンスタイルだからね。これが長州さんじゃ、こういう試合にならないね。
武藤 ならない、ならない! この試合くらいから、お客の雰囲気もこうなったんだよ。
蝶野 “バーン!”っていうのはなかったよね。
武藤 なかった。これがきっかけだから俺はこれをリクエストしたんだよ。これから三銃士の時代というものに。
蝶野 なるほどね。こういうのがあったから、その後G1だとかにつながるわけだ。

●武藤敬司 VS 高田延彦(1995年10月9日 東京ドーム/IWGPヘビー級選手権)
蝶野 武藤さんと高田さんは歳で言ったら一緒くらい? キャリアは向こうの方が4~5年先輩だけど、その辺の感覚はどうなの。同級という感覚で見てる? 先輩として?
武藤 いや、なんだかんだ言って高田さんってカッコ良さを持ってたからさ。これが、ちょっと間抜けだったらそんなにリスペクトもないけどさ(笑)。
蝶野 あっ、じゃあ、これが越中詩郎だったらそんなにリスペクトしてない?
武藤 そうそうそう。
蝶野 そういうことね。あっ、わかりやすい。なるほどね(笑)。

●武藤敬司 VS 天龍源一郎(1999年5月3日 福岡国際センター/IWGPヘビー級選手権)
武藤 天龍さんの“プロレス頭”というかさ、発想というのは凄いものがあったよ。天龍さんと戦って、初めて全日本プロレスと新日本プロレスの育ちの違いを感じたっていうかさ。どっちがいいっていうんじゃなく、うん。
蝶野 武藤さん的にはどっちの方が好き?
武藤 天龍さんの試合の間って、俺好きだよ。もしかしたら、全日本プロレスのスタイルの方が好きかもしれないな。

●武藤敬司 VS 中邑真輔(2008年10月13日 両国国技館/IWGPヘビー級選手権)
武藤 今をときめく中邑真輔!
蝶野 武藤さんは、真輔はどういう評価なの?
武藤 いや、いいんじゃないの? 俺、この頃の真輔の方がいいよ。(中邑のポーズを真似して)今の痺れたこんなことやってるよりはさ。こっちの方がピュアに観れますよ(笑)。棚橋にしたって中邑真輔にしたって器用にこなしますよ、現代っ子だから。長州さんとか藤波さんとか先輩方のプロレスっていうのは、自分を見せれば試合の中身は関係ないもんね。試合が崩れたって関係なく我を通すけど。
蝶野 でも最近、それに近くなってない(笑)?
武藤 俺? そうそうそう。(中邑がもたついてる場面を見て)何やってんだ? ヘタクソ……。(再びもたついてる場面を見て)なんかコイツ、こまいところで雑だなあ。
蝶野 雑だよねえ(笑)。今はWWEのトップスターになってるからだいぶ違うけどね。やっぱ、雑だわ。
武藤 (三度もたついてる場面を見て)こいつ、ヘッタクソだなあ、技が。
蝶野 この頃、やっぱ雑なんだよ。
武藤 レスラーは、説得力をどう磨くかだからね。自分の“印籠”をどう作るかっていう。

硬軟を織り交ぜ、時にはダブルスタンダードを厭わずに臨むクレバーな蝶野正洋のMCぶり。彼の腕と人柄によって、レジェンドらの本音が見事に引き出されている。ちなみにこの番組、なんと12月31日放送回のゲストとして天龍源一郎が決定しているそうだ。
果たして、「Mr.プロレス」のどんな本音が引き出されるのだろうか? また、業界の大先輩を前にした蝶野はどんな仕切りを見せるのか? いろいろな意味で、注目に値する。
(寺西ジャジューカ)

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