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ある土曜の夜のグッド・スピリッツ in ピッツバーグ――フミ斎藤のプロレス読本#130[ECW編エピソード22]

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199X年

リングの上ではバンバン・ビガロとトレーシー・スマザースが新人たちの練習をみていた。

リングが組み上がって、イスを並べて、ホットドッグとビールのコンセッション・スタンドとグッズ類を販売するテーブルをつくったら、“客入れ”の午後7時までがルーキー連中のプラクティス時間になるらしい。

練習着は汚いTシャツとスウェット地のショーツ。足元はレスリング用のシューズがクロストレーニング・シューズ。若い選手たちがふたりひと組のペアをつくり、いちどに3カ所くらいで試合形式のスパーリングをくり返している。

こまかいポイントを手とり足とり教えているのがスマザース。スパーリングをみながら気がついたところだけ手短にアドバイスするというのがビガロの教え方らしい。

スマザースは、ジャーニーマン・レスラーの最後の生き残りのひとりである。WWEのリングにもWCWのリングにも上がった。1980年代は南部を中心にアメリカじゅうのテリトリーをくまなくまわった。

新日本プロレスのリングに上がったこともあるし、なにかの偶然で全日本プロレスにブッキングされたこともあった。インディー・シーンではジェイソン・ザ・テリブル(悪)なんてキャラクターを演じたこともある。

ビガロもスマザースも毎週、金曜と土曜だけECWの試合会場にやって来る。ビガロはニュージャージー州アズベリーパークから、スマザースはテネシー州ナッシュビルから、それぞれ朝イチの国内線に乗ってペンシルベニア州ピッツバーグまで飛んできた。空港に着いた瞬間からプロレスははじまっている。

ECWのスケジュールは、金曜と土曜の2日間がワンセットになったウィークエンド集中型。選手たちはだいたい3人から4人のグループで1台のレンタカーを借りてツアー中の移動の足を確保する。

金曜の夜はライブ感覚のスポット・ショーで、土曜の夜はリングの上の照明がやたらと明るいTVテーピング。午後3時をまわるころになると、ほとんどのボーイズがちゃんとアリーナのなかにいる。

エグゼクティブ・プロデューサーのポール・ヘイメンが、黄色いノートパッドを手にそのへんを歩きまわっている。

なんでもぶっつけ本番主義のポール・Eは、試合開始の1時間まえまでその日のカード編成を選手たちに伝えない。伝えない、というよりはありとあらゆる業務に忙殺されてそこまで手がまわらない。

あんまり忙しくないほうの選手たちは“本日のラインナップ”がドレッシングルームの壁に貼りだされるのをじっと待っている。

メインイベンター・クラスの選手たちは時間差通勤で会場にすべり込んでくる。サンドマンは、車輪付きの大きなスーツケースの上にほんとうにバドワイザーのハーフ・ケース箱(缶ビール12本入り)をしばりつけて体育館の通用門に現れた。

単独行動派のタズは、だれよりも先に会場入りし、リングの上でかんたんなウォーミングアップをすませたらそのままどこかへ隠れてしまう。

サブゥーとロブ・ヴァン・ダムは、好きな時間に来て、好きな時間にいなくなる。

午後7時ちょうどにポール・Eが「ドアーズ・オープン(開場だよ)」と声をかけて、新人たちをリングから下ろした。

空っぽになったリングには、こんどはテレビ収録用のタングステン照明があてられた。お客さんが入場してくるとアリーナのなかがにわかにあわただしくなってきた。

気合の入ったマニア層とおぼしき男性ファンのグループがもう“ECWコール”をおっぱじめた。

ビガロの手帳には4月10日、11日=フロリダ、17日=ECWアリーナ、24日、25日=ニュージャージー(日帰り)、5月3日=ジョージア(PPV)、8日、9日=NYエリア(要確認)、15日=ペンシルベニア、16日=ECWアリーナ、とこれから2カ月分のスケジュールと飛行機の便名が書き込まれていた。

ドレッシングルームのドアの内側にいつのまにか“本日のカード”が貼りだされていた。

「あとでビザでも食いにいくか?」

ビガロは鼻歌まじりでバックステージの奥のほうへ消えていった。

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦


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