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椎名林檎は警備員!? 芸能人の「意外な前職」

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 あの人気者が、まさか、そんな仕事についていたなんて……。スターたちの意外な過去から現在の活躍を紐解いてみる!

■女性誌『ポップティーン』のフリーライターだった哀川翔 現状を変えるため、新天地を目指すのが人の常。それは、テレビを賑わす芸能人も例外ではない。「人気者でも、いきなりデビューした人は数少ないものです。大抵はアルバイトも含め、何か別の仕事を経験した後に売れっ子になっているものですよ」(芸能記者)

そこで今回は、そうした“意外な前職”を持つ芸能人に注目していこう。まず、誰もがひれ伏す大物ながら、3万匹近いカブトムシをふ化させた“カブトムシ王”という意外な一面も見せる哀川翔アニキ。「今でこそコワモテな哀川ですが、実は女性誌『ポップティーン』のフリーライターだったんです」(前同)

今からは想像もつかないが、渋谷や原宿に出かけては女の子に街頭アンケートを取るなど、比較的ナンパな仕事もしていたという。「そのうち、街頭でダンスなどのパフォーマンスをする集団に出会って興味を惹かれ、特集を組んだ。それが『一世風靡セピア』の前身の劇団で、そこから芸能界に入ることになったと、本人が語っています」(同)

ちなみに、当時のペンネームは「ショウ ロンリーリバー」だったそうで……芸名の“哀川翔”まで一貫したセンスを感じる。

■グラビア女王の壇蜜は葬儀会社に勤務 今や押しも押されもせぬグラビア女王となった壇蜜は、有名な話だが葬儀会社で働いていた経験を持つ。「黒スーツで常に遺族やお坊さんの脇に控えているわけですから、細部に気を配りながらも自分を出すことは許されない仕事。彼女は、撮影などでもスタッフへの気配りを欠かさず、非常に細かく気がつく人なんです。葬儀スタッフの経験がプラスになっているのかもしれませんね」(週刊誌グラビア担当者)

こうした、一見、芸能界とは真逆の堅いイメージの仕事についていた芸能人は意外なことにたくさんいる。「チェッカーズで一世を風靡したロックスターになる前の藤井フミヤは、なんとJRがまだ“国鉄”だった時代の職員でした。主に輸送係として、貨物列車の操車や入れ替えなどを担当していたようですね」(福岡のロックバー店長)

高校時代からビシッと決めたリーゼントの写真が残っており、当時からバンドで世に出たいという野望を持っていたフミヤ。国鉄職員の傍ら、チェッカーズで音楽コンテストのグランプリに選ばれ、弟の尚之をはじめ、他のメンバーが高校卒業するのを待って国鉄を退職し、上京したという。「バンドで成功した後、JR九州のCMやキャンペーンにも出演しました。こういう形で“古巣”と関わる芸能人はなかなか少ないですから、フミヤの地元愛の強さが窺えますね」(前同)

■仲代達矢が「役所勤めなら役所でいいだろ」と命名 一方、前職がそのまま芸名になった珍しい人も。「名優、役所広司の名字である“役所”は、そのままお役所のこと。彼は、千代田区役所勤務の公務員だったんです」(芸能記者)

東京のど真ん中、千代田区の役人とは、またずいぶんと堅い仕事。役所はそこで土木課に勤務し、道路やビル工事などの監督業務に当たっていたという。「そこから益岡徹や真木よう子らを輩出した仲代達矢の養成所『無名塾』に入塾。芸名は、仲代が“役所勤めなら役所でいいだろ”とつけたとか。仲代らしいですね(笑)」(前同)

堅い仕事といえば、2時間ドラマなどの常連である山村紅葉も、一時、意外な職業についている。「学生時代から女優デビューし、母である山村美紗氏原作のサスペンスドラマなどに出演しましたが、卒業とともに芸能界を一度引退。なんと、国税調査官として大阪国税局に勤務するんです。国税の女査察官を描いた伊丹十三監督の映画『マルサの女』が大ヒットしたのが、ちょうど山村の引退している時期。彼女は結婚を機に退職して女優復帰しますが、もし早めに復帰していれば、同作にはうってつけのキャストでしたね」(映画雑誌編集者)

リオ五輪の閉会式で、続く東京への引き継ぎ式の音楽監修を務め、日本代表歌姫となった椎名林檎にも、現在からは想像もつかない前職があった。「音楽を志しながら、警備員のバイトをしていたそうです。深夜勤務などもあり、なかなかふだんは見られない世界を垣間見ることができた経験が、デビュー当時の情念渦巻くドロッとした世界観に影響したのか。今や、すっかり“五輪の人”ですが、デビュー時の“日陰の女”な部分を待っているファンも多いんですけどね」(音楽業界関係者)

■バスガイドだった“JUDY AND MARY”のYUKI 一方、同じく意外ではありながら、すでに今に通じる部分を見出せるのが、YUKIの前職。「彼女はバンド“JUDY AND MARY”でデビュー前、地元、北海道でバスガイドをしていたそうです。行く先々の観光ガイドをしながら地元の歌を歌ったりもするので、入社試験に歌のテストがあったそうですが、会社中に響く大声で松村和子の『帰ってこいよ』を歌って一気に有名人になったとか(笑)」(前同)

幅広いファン層に支持される彼女の原点は、年輩客から子どもまで相手にしていた、このバスガイド時代の経験なのかもしれない。

■引退を表明した江角マキコは実業団のバレーボール選手 グラビアやバラエティなどで活躍するおのののかが東京ドームのビールの売り子だったという話は有名だが、今年引退を表明してしまった江角マキコも、実はスポーツに関わる前職を経て芸能界入りしていた。「実業団のバレーボール選手として日本たばこ産業(現JT)に就職したんですが、配属されたのは、当時は国の専売制だった塩を担当する『塩販売二課』。なんとなく、出世作となったドラマ『ショムニ』の“庶務二課”を連想させますが、彼女は当時、前職のことを隠していたそうですから、偶然の一致かもしれません」(前出の芸能記者)

2012年に放送されたテレビ番組で当時のことを語り、先輩と口論になってブチ切れ、スリッパのまま寮を脱走したことが退部につながったと明かすなど、奔放な言動は当時からのものだったようだ。なかなか貴重なキャラだけに、“前職・芸能人”になってしまったのは寂しい気もするが……。


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