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卒業アルバムには「ラッパー兼DJとしてHIP HOP界に君臨する」って書いてた。

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記事提供:McGuffin

 
「乾杯!」を合図に始まる、親密な時間。ふたりの間にお酒を挟むことで、くだらない話から、いつしか本音がぽろりとこぼれ落ちる。

今回登場するのは、「908 FESTIVAL in OSAKA 2017」を目前に控えたアーティストのKREVAさんと、放送作家として活躍する吉川スミスさん。

ふたりは、2010年にラジオ番組「RADIPEDIA」を1年間一緒に担当した仲だそう。

10代の頃から振り返り、いつしか今それぞれが向き合っている仕事への情熱の話まで、気心の知れたラジオの元パートナーどうしの話はなかなか尽きることがない。

吉川スミス(以下、スミス):お久しぶりです~!うれしいですね。

KREVA:2人だけで飲むのは、はじめてじゃない?ラジオを一緒にやっていた頃からだから、7年ぶりかな。

スミス:そうですね!あれから7年です。濃密な1年でしたね。放送作家がアーティストさんと一緒に出演させてもらうっていうちょっと珍しいスタイルの番組でした。

KREVA:そのときからスミスは本当うるさかったね(笑)

スミス:ちょっとちょっと、KREVAさ~ん(笑)あれだけ夜一緒にいると、なんだか距離も近くなると言うか、放送作家がアーティストさんとあんなに一緒にお話しさせてもらえる機会もなかなかないので、貴重な経験でした。まず、そもそもクレバさんはどうしてアーティストになろうと思ったんですか。

KREVA:人前に出るのは好きだったんだよね。ずっと学級委員みたいなこともやっていたし、

スミス:生徒会長も?

KREVA:生徒会長はやったことなくて生徒会副会長だったんだけど。発言権とパワーがあって、でも責任はちょっと薄め、みたいな(笑)文化祭のときも歌ったりダンスやったりしてた。

スミス:そのときから、アーティストとして生きて行くっていうのは視野にあったんですか?

KREVA:ラップに出会ってからは、もうこれだなっていうのはあったよ。俺これでいけるなっていうのは思っていたから。卒業アルバムには「ラッパー兼DJとしてHIPHOP界に君臨する」って書いていたから、もう決めてたね。

スミス:でた!君臨!

KREVA:なんなのそのリスペクトとディスリスペクトの間(笑)スミスは、どこに行ってもずっとそのテンションなの?

スミス:基本そうですね。昔から、味方50:敵50なんですよ。僕のことすごく良くしてくれる人と、大っ嫌いっていう人が多くって、そこは割り切ってますね。クレバさんはどうなんですか?

KREVA:俺は表に出る人間だから、割り切るのは難しいよね。そういう意味では、やっぱり表に出ていくのと裏から支えるのとでは、スタンスが変わってくるのかもしれないな。若い時って、表に立っている人が目に入って、裏方に目がいかない部分もあるけど、もう少しいろんなことがあるんだよっていうのがわかると何事も経験だなって思えたり、もっと楽しくやれるんじゃないかなって思うんだけどね。

スミス:今は選択肢も多いですからね。多すぎて難しい説もまたあると思うんですけど。

KREVA:それはあるね。でも選択肢が多くても、こちらから動かないとそれには触れられないじゃん。スミスが放送作家になったきっかけとかは?

スミス:僕の実家が玩具問屋で、あと幼馴染の親が漫画家だったので、会社員になるっていう感覚が昔からなかったんですよ。幼い頃から自由な感じがいいなと思っていて、思春期には、フジテレビの深夜番組がすごく盛り上がっていた時代で、「こういうのやりたいな」ってぼんやり思っていたんですね。

KREVA:あの頃は、ちょっとバブルの追い風っていうか、尖った人が表現する時間だったよね。

スミス:そうなんですよ。大学四年生のときに、当時の彼女が求人情報誌・フロムエーの「放送作家募集」みたいなのを見つけてきてくれたんです。それで面接行ったら、本当に受かっちゃって。募集するのも何年かぶりっていう珍しい求人で、運だけでここまで来させてもらった感じですね(笑)ちなみに、そのときの彼女が今の、奥さんです。

KREVA:そういうのいらないから!(笑)

ラップでやっていくと決めて、ひたすら走っていた20代。

スミス:クレバさんの20代の頃は、どんな感じだったんですか。

KREVA:20代ではもうラップでいくって決めてたから、大学には通っていたけどどんどんそっちに重きをおくようになってきてた。当時は、俺はありとあらゆるイベントに行って、そこで名前を売っていくっていう草の根活動をしてたかな。あの頃は、ひとつの大きなイベントにみんなが集まってくるような、知ろうとすれば全部知れるってくらいの小さなシーンだったから、そういうところに行って名前を売っていけば、みんなに名前が伝わって行くっていう感じだった。

スミス:それは戦略としてやっていたんですか。

KREVA:戦略っていうか、それしかないと思ってたんだよね。

スミス:いつから「KREVA」を名乗っていたんですか?

KREVA:その時はもう「KREVA」だったよ。ラップでやっていくって決めたのが中学2年生の頃。高校受験用に暗記していた英単語帳のなかで、「Clever」って単語が気になってたんだよね。最初に書いてある意味は「賢い」なんだけど、小さく「ずる賢い」って意味も書いてあって、それを気に入ったんだよね。

それから、そのとき通ってた塾の先生が、授業中もたばこ吸ってるような、今では考えられない感じのこわい先生で(笑)、「たばこのKOOLはなんでKかわかるか」って言うんだよ。で、「K」にはちょっと悪い感じっていうか、ナスティーなイメージがあるから、「CじゃなくてKなんだ」って言ってたのを、「かっこいい!」って思って、それで「Clever」の「C」を「K」に変えて、あとはローマ字っぽく自分の好きな並びに変えて「KREVA」になったんだよね。そのときは10代だったから、20代はそれを広めて実践していくって感じだったかな。

スミス:かっこいいですね~!音楽一筋なんですね。

KREVA: 20代はとにかくずっと音楽やってたって感じだね。

発言力と責任を得て、楽しくなる30代。

スミス:20代に続いて、30代は?

KREVA:30代は楽しい!「30歳です」って言った途端に話を聞いてくれる大人が増えるのをすごく感じてたから、「来年30歳です」ってフライングして発言力を高めてたくらい、30代楽しかったな。

スミス:30歳キャンペーン(笑)それは、裏方だと特に強いかもしれないです。KREVAさんのようなアーティストだと、そういうの超越してるのかなって勝手に思ってましたけどね。

KREVA:いやいやいや、あるでしょ。空気とか流れ的に。

スミス:僕は、20代中盤はいわゆる不遇の時代でしたね。後半くらいから風が来て、30代くらいから、なんとかまわるようになったっていう。30代は本当に、大人たちも自分の意見に耳を貸してくれるっていう実感がありますね。

KREVA:吉井和哉さんと飲んだ時に、「30代いいよね」みたいな話になったんだよね。そのとき俺が30代前半で「30代最高」って思っていた時期だったんだけど、当時40代になったくらいの吉井さんに「30代後半の悩みは深いよ」って言われたんだよね。実際そうだった。その悩みの深さについて検証した結果、やっぱり責任だね。それまで無責任にやれてたのに、周りも見えてきて状況もわかってきて、いろいろ考えられるようになるからなんだよね。

例えばライブで失敗したとしても、20代の時は「失敗したー!」で済んでいたところが、「失敗しちゃった…。でもこれだけの人が関わってて…、次にいかないといけない」っていうね。自分でイベントとかやってても、昔より思いつきだけでいけなくなってきてるところがあって、考えちゃうなぁ。2007年の時に「武道館が2日取れました。何かやれませんか」っていう会議があって、ノリノリのイケイケのブレインストーミング型だったので、勢いで「だったら1日目は俺ひとりでやって、次の日みんなでやればいいじゃん」なんて言ったらその通りになってて。却下されるかもって思ったんだけど(笑)

スミス:少しお茶目に言ったつもりが、クレバさんの発言力があったからですかね(笑)

KREVA:でもそれを経て、自分で色々イベントをやってきて、形を変えながら、今は「908 FESTIVAL」っていうものになったんだけどね。

スミス:「908 FESTIVAL」の場合は、特に皆さん巻き込んで、アーティストさんたちとの連携というか、阿吽が…

KREVA:そうなんだよね。普通のフェスだったら、各々が責任もってやってて、全体がもっと大きい責任をもってやってるんだけれど、名前に「908」入ってるけど、だけどフェスだし(笑)

スミス:でも5周年ですよね、それくらい重ねてやってきて、毎回100点をださなきゃっていう思いもあるんじゃないですか?

KREVA:「908 FESTIVAL」はずっとやってきて、大阪の方も5年やってきて、次くらいから新しい風吹かせたいなって気持ちも出てきてるよ。大阪にかける想いがハンパなくて、周年になるといろいろ振り返ることがあって、本当に濃いことをやってた感じがする。1回しかやらないのに、やりすぎてて、コスパなんか考えた日には、「終了~!なにこの商売~!」って感じだよね(笑)
5年やれてるから今回集大成でしっかり魅せて、新たな流れを考えたいなと思ってる。

スミス:僕の仕事も、一文字いくらって計算し始めたら終わりですね。だからこれはかっこつけてっていうわけじゃなくて、金じゃないなっていうのは心から言えます。そりゃあ、お金はほしいですけれど、そうじゃないって部分が大きいんですよね。

KREVA:もっと強めに言うと、そういう気持ちじゃないやつは、俺が好きなところに入ってきてほしくないね。中途半端に「ちょっとやってみようかな…」っていうのは、そこから続けてくれればいいんだけどね。

突き詰めていってたどり着く場所。

スミス:今までも思っていましたが、40代になったときさらに強く思うようになったのが、「スミスでいいや」じゃなくて 「スミスがいい」っていうお仕事をさせてもらいたい!ってことですね。どんなお仕事もいただけるだけで、すごくありがたいんですけど、作家っていっぱいいるので「これ俺じゃなくてもいいやつかも?」って仕事もたま~にあるんですよ。「お金がなくてギャラも安いけど…」っていう案件でも、それでも「スミスがいいから」「スミスにお願いしたくて!」って言ってくれたら「ぜひやらせて下さい!」ってなりますよね。

KREVA:俺の新しいアルバムで「Sanzan feat.増田有華」って曲があって、「これでいいのこれでいいの」ってずっと言ってるんだけど、最後に「これがいいの」っていう歌詞なんだよね。その話、歌詞になっちゃってるんで、俺のもんですね(笑)

スミス:さーせん!(笑)

KREVA:歌詞って不思議で、ファッションと同じで周期があるんだよね。昔流行って、今また着てるものとかあるじゃん。歌詞もそうで、自分が言ったことに何年か経ってから励まされる瞬間とか、何年か経ってしっくりくる瞬間とかがある。もちろん、たまに「ウワッ」って思う時もあるんだけどね。

スミス:あるんですか(笑)

KREVA:それはある。酒ばっかり飲んでクラブで活動していた頃の歌だと、歌っているのはそこの風景だから。今はそこにはいないから、ちょっとウワッて思ったりして…。

スミス:言ったらきりないですもんね。

KREVA:そう、きりないきりない。でも「アルバム」って言うくらいだから本当に(写真の)アルバムみたいに思うようにしてるんだよね。昔のアルバムとか見ると「うわ!なにこの前髪!」とかってあるでしょ。それと一緒で、そのときに出したものっていう考え方でいる。でも、続けているとそれがハマってくるときがあるんだよね。だから、今特に、ひとつでもふたつでもとことん突き詰めてる人が強くなってきてるなって思うんだけど。

スミス:よく芸人さんたちも、世の中にポッと出やすい時代になったけど、そこから続けるのがすごく難しいって言います。

KREVA:続けるといえば、4年前くらいに水泳を始めて今でも続けてるんだよね。昔溺れたことがあって、苦手プラス怖いっていう感情もあって、それでも2、3年続けた頃に、「完全に才能がない、自分が求めてる理想像には辿り着かないな」っていうのがわかったんだけど、それでも続けてたら、やっぱりちょっと伸びたんだよね。先生には、「地味なことだけどずっと続けているから、今言ってわかってくれることがあるし、できるようになったんだ」って言われて、ある程度突き詰めていってやっとわかることってあるんだなって感じた。

スミス:へー!でも、良く続けましたね。

KREVA:最初のうちはあまりにもできなくて楽しかったんだよね。俺はラップが得意で、それを仕事にしてるから、スポットライトが当たる瞬間がある。なのに水泳は、「はぁ?」ってくらいできないんだよね。でもそのあとにまたラップすると、「ラップがあってよかったな。得意なことがあってよかったな」って思える。その時間が大事だったんだよね。
 

 

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