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みなさん……そんなに「イカ天」面白いと思ってなかったんじゃないか?

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 さて、前回(http://www.cyzo.com/2017/10/post_34773.html)に引き続き話題は「イカ天」である。

この番組を中心としたムーブメントについては、拙著『1985-1991 東京バブルの正体』(MM新書)でも多くのページを割いて執筆した。というか、途中からページが足りないので、編集者と相談してページ数を調整して、増やしてもらった。

それでも、まだ書き足りない。

この時代のバンドの音楽史的な位置づけについては、専門の書き手がいるだろうから、そういう人たちの文献を参考にするといい。

ここで筆者が記すのは、あくまで視聴者~にわかな素人目線である。

いや、実に原点から素人目線である。

「イカ天」が隆盛を極めていた頃、筆者はまだ地方在住の中学生。ただ、地方とはいえちゃんと深夜に「イカ天」は放送されていた大都会・岡山である。その番組が面白いと聞いたのはクラスでの会話だったか、何かの雑誌だったか……。ともあれ、背伸びしたい厨二病の季節。深夜に筆者もチャンネルを回した。

そうして、ワクワクしながら観たイカ天の記憶。

今、思い出すのは、当時の相原勇がメッチャ可愛かったなあということだけである……。

おそらく、何かの拍子に「イカ天という番組が面白い」と聞き、チャンネルを回したはいいけど、筆者と同じ気分を味わった少年たちは、多かったのではなかろうか。とりわけ、地方には。そう「イカ天」「ホコ天」に象徴された80年代末期のアマチュア・バンド・ブームの地方のティーンエイジャーへの波及は少し遅かったのである。

当時、多くの雑誌が都会の最新情報を伝えてはくれたけれども、それは「あくまで遠くで起こっていること」に過ぎなかった。

だから「都会に行けば、ここで記されているようなことを実際に体験できるのだ」という思いに若者たちは取り憑かれていたハズだ。

それは、ネットなどを通じて情報や流行が、都会と地方で同調、画一化しているように見える現代との大きな違いではないかと思う。

■「たま」はコミックバンドだと思われていた記憶

「イカ天」発のバンドとして記憶されるのは、奇妙ないでたちで谷崎や太宰の一節を歌う「人間椅子」。なぜか股間モッコリのレオタードスタイルで歌う「ブラボー」。バックで琴の音色が響く「マサ子さん」など多数。

そうした中で、とりわけ知名度があったのは「たま」だと思う。「たま」が「イカ天」に初めて出演したのは1989年のこと。翌90年には「さよなら人類」でメジャーデビュー。オリコン初登場1位となり、58万枚以上を売り上げている。その奇妙な音楽は、なぜか人々に大いにウケた。

これもどうだろう。

今「さよなら人類」を聞き直すと、音楽的センスのスゴさは自ずと理解できるハズ。けれども、当時はそうじゃなかったんじゃないかな。これも、とりわけ地方では、そういう印象が強かったハズ。

ともすればすぐに消えてしまいそうなコミックバンド。あるいは「ランニングの人が気持ち悪い」と、今の我々なら「何を言うんだ!!」と反論するような感想を持つ人も大勢いたと記憶している。

実のところ、これは筆者の個人的な記憶に過ぎない。けれど、新しすぎてついていけなかったような記憶がある人も多いのではなかろうか。

でも、そんな声は現代では、ほとんど拾うことはできない。

人の記憶というものは、調子のよい部分だけ盛られて残る。そうして盛られた記憶の中で、人はあたかも自分も世間の一般的な認識のとして話題に参加するもの。

こうして、当時のリアルな空気感は消えていく。それを救うのは、地道な取材と資料調査しかない……。(文=昼間たかし)

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