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茨城が産んだ名経営者:高杉晋一

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高杉晋一氏は明治25年、茨城県生れ。
撮影当時82歳、三菱電機相談役。

「私は大正6年に三菱合資会社の入社試験をきちんと受けて入社したんです。岩崎弥太郎の縁戚関係でも縁故でもないんですが、この( 岩崎弥太郎の)机はめぐりめぐって、いまは私の家にある」と語り、維新の志士高杉晋作とその名は一字ちがいだが、これまた血縁ではないと断るのは、人々が氏の言動と志士のイメージとを重ね合わせることが多いからであろうか。

「なにごとも私心をはさまないかぎり、正々堂々と自分の意見を述べるのになんの遠慮もあるまい」と氏は実践してきている。昭和23年8月「三井、三菱、住友の三財閥は25年6月までにその商号商標を変更し、26年7月1日より向こう7 ヵ年間これを使用してはならない」と米軍GHQ は指示した。

高杉氏が三菱電機の社長になって1年半の頃である。氏は" 企業とて人格あるもの。名前までも取り上げるとは、生きる道を絶つよりもひどいじゃないか"と三井、住友グループと共に反対運動を展開した。

外国からはスリー・ダイヤのマークを売れ、高値で買ってやるといってきた。27年4月、講和条約発効の日、商号商標禁止令は自然消滅した。
この政令には体刑罰則がついていたのである。
「不成功だったら体刑でしょう。そのほうが後世に名が残ったかな?」と氏は高笑いする。
昭和40年1月、日韓全面会談日本政府代表に任命され、それまで14年間も難航していた会談を、同年6月には調印にまで漕ぎ着けた。

氏は、旅に出るときには矢立てと和紙のスケッチブックを携えて行く。
風景や人物を画き、財界三筆といわれる草書で感想を添え書きして楽しむ。

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