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炎上必至!? プロレスは最高か?最強か?――小橋建太の青春おすそわけ#8【宮原健斗vol.4】

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「小橋建太の青春おすそわけ」――“鉄人”と呼ばれた元プロレスラー・小橋建太が、現役レスラーをゲストに招いてトークを繰り広げる。悩めるレスラーたちに、小橋は果たしてどんな“青春”をおすそわけするのか?

第2回のゲストは、全日本プロレス・宮原健斗。全日本人気復活の立役者である。8月27日、両国国技館大会で石川修司を下し、三冠ヘビー級王者に返り咲いた。「最高ですかー?」という決め台詞そのままに、最高っぷりを世間に見せつけた。今回は元三冠王者である小橋が、若きエース・宮原に王者の心得を伝授する。

小橋建太(以下、小橋):俺も「最高」という言葉を使うほうなんだよ。東京ドームのときに、(秋山)準とシングルマッチをやったとき……

宮原健斗(以下、宮原):あの名言ですね。「準、最高だよ」っていう。小橋さんがリング上から言ったら、秋山さんがエントランスで振り向きましたよね

小橋:あれだけの試合をして、口から血を吐いて、勝利者インタビューで「秋山さんにひと言!」ってマイク向けられて……ひと言、出るか?

宮原:出ないっすね(笑)。

小橋:あんだけ頭打ってて、ひと言って言われてもなあ。でも「最高」っていう言葉が素直に出たのは、最高の試合ができたっていう思いがあったんだろうね。この間の全日本両国大会は、「最強と最高の闘い」って言われてたけど、最高であるためには、最強も兼ね備えないといけない。ベルトもそうだし、人気もそうだし、すべてを兼ね備えないといけないと思うよ。最強と最高、どっちがいいのか分からないけど、俺は最高のプロレスラーになりたいと思ってたな。

スタッフK:Oさん(※記者)は、「最強より最高」って記事に書いたら、炎上しましたよね(笑)。

記者:佐藤光留さんに怒られて……。

宮原:炎上したんですか? じゃあ、この記事も炎上するんじゃないですか(笑)?

小橋:そしたら佐藤光留君に、この連載に出てもらうしかないな。

記者:炎上しないことを祈ります……。

小橋:最強というのは、強さだけを追い求める。最高というのは、すべての面において一番にならなければいけない。非常に難しい言葉のチョイスだと思うけど、俺は最高のプロレスラーになりたいと思ってやってきたし、もちろん、最高であるためには最強であらなくてはいけないと思う。だからこそのベルトだし、そういう意味では、最高という言葉にすべてが集約されているんじゃないかな。

宮原:僕はなぜ最高と言い始めたかと言うと、明るいポジティブな言霊を吐き出したかったからなんです。先に言葉を発して、それについていくっていうやり方なんですよ。「俺は最高だ」って言ったら、周りがそういう目で見るから、最高にならなきゃいけないじゃないですか。言葉の意味というよりは、言霊を吐くということが大事でした。

小橋:準に言ったらいいんじゃない? 「お前、最高だよ」って。

宮原:言わないですよ(笑)。全然、絵が違うじゃないですか。

小橋:けど、そことも勝負をつけなければいけない。上の世代に対して、しっかりしたものを作っていくのが大事。やっぱりあの世代というのは人気があるし、両国の会場でもすごく人気があった。

宮原:僕の中では、いまは世代闘争という感じじゃないんですよね。

小橋:リング上で闘うっていうことじゃないよ。リング外であったり、人気であったり。

宮原:上の世代には頼りたくない、っていうのはありますね。全日本プロレスっていうパッケージがあって、オールドファンがいたり、若い世代がいたり、そういうのでいいと思うんですよ。そこに負けたくないというより、僕は同世代に負けたくない。

小橋:でも幅広い世代に愛されないと、最高にはなれないんじゃないかな。両国で、昔のプロレスを見ていた人にも、宮原健斗という名前が深く刻まれたと思う。でもあれだけの試合をやったなら、もっと声援がくるはず。あれはすごい試合だったよ。いい試合だった。これから、だれが見ても「宮原健斗がトップ」になることが、全日本がもっとステップアップしていくことに繋がるし、それが最高への道。

宮原:ブレずに、いま動いていることを続けていきたいですね。夢を与えられるレスラーになりたいです。体中から夢を伝えられるようなレスラーになりたい。エネルギッシュな感じで。

小橋:いまはどうなの?

宮原:もう、なっちゃってます。なっちゃてるんだけど、より一層なっちゃう。

小橋:なっちゃってるの(笑)?

宮原:そういう感じで、いまやってます(笑)。

小橋:子どもに夢を見せてくれるというのは、非常にいいね。宮原君も経験しているし、俺も経験しているし、俺たちが子どもの頃に夢見たプロレスラーというものがあるじゃない? プロレスに夢を見ることができるような試合をどんどんリングでやっていかないと、子どものファンが増えていかない。

宮原:子どものファン、増やしていきたいですよね。

小橋:プロレスに夢を見ることができるような試合をどんどんやっていかないと、子どものファンが増えていかない。いま柔道で腕ひしぎ逆十字やったら、「プロレスの技をかけて怪我させた」とか言われるでしょ。でも元々は柔道の技じゃない? なのに、悪いことがあったらプロレスの技になる。逆に犯人をやっつけたようなとき、ドロップキックしたかもしれないし、DDTで投げたかもしれない。でもそういうことはまったく言われないんだよ。

宮原:変えていかないといけないですね。

小橋:宮原健斗がエースなんだっていうことを、全世代にアピールすることが大事だと思う。いま宮原君がチャンピオンだし、いい試合をする。けど、すべての世代のファンがそう思っているかと言ったら、そうではないから。

宮原:そういう人たちにも、会場に来てほしいですね。会場に来たら、僕は分かってもらえる自信があるので。

小橋:両国の試合は本当に面白かったし、すごい試合をしてたよ。緊迫感があったし、お互いに全力を出しているっていうのが伝わってきたし、体力の限界に挑んで闘ってるっていうのも良かった。

宮原:ありがとうございます。

小橋:けど、解説席の俺をスルーした(笑)。

宮原:「宮原健斗はそれだけ大物だった」と書いておいてください(笑)。

小橋:「終始、生意気だった」と書いておいて(笑)。いや、本当に、いまのまま突き進むところは突き進んで、上の世代とも闘って、もっともっと、全日本を盛り上げていってほしいな。

【PROFILE】

●宮原健斗(みやはら・けんと)

全日本プロレス所属。‘89年2月27日、福岡県福岡市生まれ。父親の影響で幼少期からプロレスに夢中になり、小学校3年生のとき、プロレスラーになりたいと決意。一人で試合会場に足を運ぶようになる。中学は野球部、高校は柔道部に所属。高校卒業後、佐々木健介主宰・健介オフィスに入門。2013年にフリーとなり、全日本プロレス、NOAHに出場。2014年1月、全日本プロレスに入団し、2016年2月、史上最年少で三冠ヘビー級王座を奪還。今年5月、石川修司にベルトを奪われるも、8月、両国国技館大会にて王者に返り咲いた。Twitter:@KentoMiyahara

●小橋建太(こばし・けんた)

(株)Fortune KK代表取締役。’67年3月27日、京都府福知山市生まれ。’87年6月、全日本プロレスに入団。“プロレス四天王”と呼ばれるレスラーの一人。2000年6月、プロレスリング・ノアに移籍。’03年3月、GHCヘビー級王座獲得。13度の防衛に成功し、“絶対王者”と呼ばれる。’06年6月、腎臓がんが発覚するが、2007年12月、奇跡のプロレス復帰を果たす。’13年5月11日、引退。現在はチャリティーや講演会など、幅広い活動を続けている。Twitter:@FortuneKK0327

構成/尾崎ムギ子 撮影/橋本一美 取材協力/SUNDAY


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