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視聴者の心に刺さるコメントはNG!? 毒にも薬にもならない「芸人コメンテーター」は本当に必要なのか

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 お笑い界には“まともな職業に就いても出世したタイプ”と“芸人としてしか生きられなかったタイプ”の2つがある。前者にはタモリやビートたけしが挙げられるだろうし、ジミー大西やウド鈴木などは完全に後者だ。

昭和の時代、“まともな職業に就いても出世したタイプ”のほうがレアだったはずのお笑い界だが、それも様変わりした。いまや、ある程度の知識と良識がないとバラエティにはフィットしない。ボケよりもツッコミのほうが重宝されるという風潮からも、その現実はうかがえるだろう。

結果、ついにはお笑い芸人が「コメンテーター」として活躍するようになった。カンニング竹山やオリエンタルラジオ・中田敦彦といった社会派芸人らの存在は、もはやおなじみだ。

この方向性には、理由がある。言うまでもなく、テレビで最も大事なのは視聴率だ。もちろん、すべての層がニュースやワイドショーを視聴するわけではない。だからこそ、間口を広げる目的で、お笑い芸人が起用される。芸人が映れば絵力が強まるし、一気に画面が華やかになる。「この人が出ているなら見てみようか」と、クロスオーバーするはずのなかった視聴者を取り込む契機にもなる。

■「合格点を取るためにコメントするなんて本末転倒」(博多大吉)

芸能界は椅子取りゲーム。そう考えれば、芸人の側からすると新たな“椅子”(コメンテーター席)が生まれたということになるだろうか。

9月13日、博多大吉がMCを務める『いつかボクらもご意見番 コメンテーター予備校』(日本テレビ系)が放送された。今年になってから不定期で放送されている特番の第2回である。

タイトルの通り、各タレントが優秀なコメンテーターになるべくコメント力を学ぶのが番組の趣旨。「コメンテーター」はもはや余芸ではなく、芸能活動のれっきとした本道として認識されたようだ。

大吉やブルゾンちえみ、林修といった面々が、番組の指定するトピックに対して自分なりのコメントを発し、その内容を一般視聴者に採点されるこの番組。例えば、こうだ。

――人気女子アナと交際、小栗旬芸人浮気騒動についてコメントせよ。

「私は欲張りボーイにはついていけない。好きな人ができたなら、そっちに行ってください。地球上に男は35億人いますし、こっちもアナタだけじゃないんだよ。Good Bye!」(ブルゾンちえみ)

――「会社辞めます」、LINEで退職願はアリ? ナシ?

「『引き継ぎだけは頼むよ!』というLINEを送り返してはいかがですか? ここで『非常識だ』『俺ら世代は……』と揉めると心のしこりが残るし、その人に説教するのは残りの人生を考えると時間がもったいない。だから、ここはLINEで『引き継ぎだけは頼むぞ』と伝え、あとはもうお別れでいいんじゃないですか。そういった意味も込めて、送る時間は3時47分。『サ(3)ヨ(4)ナ(7)ラ』ということで」(大吉)

両者が獲得した評価だが、ブルゾンは100点中63点、大吉は100点中68点。番組は70点を“合格ライン”に設定しているので、2人は不合格ということになる。

番組のエンディングにて、大吉はこんな発言を残している。

「『合格点を取るために、こういうことを言おう』って、本末転倒でしょ? そんなのだったら、自分がやる仕事じゃないし」

大吉とブルゾンの回答を振り返ると、もはや大喜利でしかない。本意を込めるのか、向こう受けを意識するのか。“芸人コメンテーター”が担う役割は、いろいろと破綻している気がしてならない。

■印象に残らないコメントを心がけるカンニング竹山、刺さるコメントを求める制作陣

9月21日に放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のテーマは「コメンテーターやりたい芸人」であった。出演したのは品川庄司・品川祐やアンジャッシュ・児嶋一哉、TKO・木下隆行といった面々。 なぜ、彼らはコメンテーターになりたいのだろう? 「まずイメージとして、賢そう! ちょっと文化人っぽく思われるというか」(TKO木下)

そして“ご意見番”として、今回はカンニング竹山も登場している。いまや、3番組でコメンテーターを務める「Mr.コメンテーター」である。

彼はオープニングで、コメンテーターとしての秘訣を明かしている。

「心に残ることを言っちゃダメなんです! 心に残ることなんか言ったら、印象に残っちゃうから。邪魔になるんですよ。どうでもいいことを難しそうに言うのがコツなんです」

これって、ポジショントークを推奨しているのだろうか? 本音を吐露し、もしもそれが視聴者の心に刺さったとしたならば? 竹山のロジックからすると、それはNGということになる。

ちなみに、この日の放送では『羽鳥慎一モーニングショー』(同)のスタジオを借り、芸人たちがコメンテーターとなって仮想のワイドショーを収録。コメンテーターとしての実力を測定している。しかも、収録後は『モーニングショー』のチーフ・プロデューサーが全芸人のコメント力を評価するというガチぶりである。

結果、最も高評価を獲得したのはロッチ・中岡創一であった。彼は「プレミアムフライデーの定着には何が必要?」というテーマに対し、「“プレミアムフライデー祭り”みたいなことがあれば『じゃあ、祭りに行こうか』ということになる。イチゴが名産の土地だったら“イチゴ食べ食べ祭り”みたいな」と、コメントしていた。

このコメントの何がいいのだろう? チーフ・プロデューサーいわく「突拍子もない意見だが、よく聞くと説得力がある。そういう発想がコメンテーターには大事」とのことだ。要するに、置きに行くコメントは評価されない。人とは違う発想、そして視聴者にどれだけ刺さるかが、制作がコメンテーターに求める要素である。

しかし、だ。この考え方と竹山が心がける「心に残ることを言っちゃダメ」は、完全に相反している。制作の求める方向性と演者が心がけるコツは、正反対なのだ。

現代は、うかつなことを言った途端にネットニュースとして取り上げられる時代。もしくは視聴者に切り取られ、SNSでネガティブな形で拡散されることもしばしば。芸人が発言の一つ一つに細心の注意を払うのも無理はない。

本音を言うのがはばかられる時代。印象に残らないコメントを心がける演者。刺さるコメントを求めにいく制作側。

交わらない三者が一緒くたになり、芸人コメンテーターを取り巻く状況が出来上がった。これって、誰も得しない大喜利でしかない。

落語家の桂春蝶は、9月26日にTwitterでこんなつぶやきを発信している。

「‏一部のワイドショーが求めるコメンテーターの資質って…『当たり障りの無い意見をどれだけ大きい声で言えるかどうか?』なんだって。特に東京発信の番組はそれなんだと。誰がそんな番組出たいんかね?笑」

確かに、「コメンテーター」も芸人にとって大事な仕事のひとつだろう。生活のために引き受けた者だっているかもしれない。でも、考えれば考えるほどに破綻している。「武士は食わねど高楊枝」を求めるのは無責任だと、百も承知である。それでも、「コメンテーターなんてやめたほうがいい!」と、芸人たちに訴えたい気持ちでいっぱいだ。(文=寺西ジャジューカ)

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