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100年の歴史からパリコレの最新事情までを理解しよう

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有名ブランドの新作発表の場として、世界のファッション・トレンドを左右するパリ・コレクション(以下パリコレ)。前半に引き続き、それほどまでにパリコレがすごいとされる理由について迫りたいと思います。後半では、パリコレの起源に遡ったうえで、歴史を紐解き、最新事情を紹介します。

パリが生んだ世界初の「ファッションデザイナー」


今でこそファッションデザイナーが、トレンドを生み出す重要な存在として考えられていますが、パリコレの存在が認識されるようになったのは、100年以上前のこと。世界でもっとも古いデザイナーと目されているのは、チャールズ・フレデリック・ワースというイギリス人。

若き日のワースは、1851年のロンドン万博と1855年のパリ万博で、自身がデザインしたドレスが大きな注目を集め、成功の足がかりをつかみます。当時、世界一のファッションリーダーだったのは、第二帝政を築いたナポレオン三世の妃であるウージェニーでした。若く美しいウージェニー皇妃もワースのドレスを気に入り、1860年に晴れて帝国の公認ドレスメーカーとなったのです。

画期的なシステム「オートクチュール(既製服)」の誕生


その後、普仏戦争に惨敗したナポレオン三世が失脚し、帝国の後ろ盾を失ったワースでしたが、むしろその悲劇が彼にとっては好機に。というのも、すでにドレスメーカーとして世界的な名声を得ていたワースのドレスを求める、新興富裕層が台頭していたからです。こうした新たな需要に応えるべく、ワースはオートクチュールという画期的なシステムを確立します。

オートクチュールとは、あらかじめ見本となるドレスをいくつか作り、それらをモデルに着せて、顧客に選ばせる。そして顧客のサイズに合わせてドレスを作るという手法です。生地選びからデザインまで、すべてが顧客の要望によって作られるそれまでのドレスとは異なり、ワースというデザイナーが手がけたドレスが、流行の最先端となったのです。

Watch Chapter 21 of #InsideChanel "Gabrielle, the Pursuit of Passion" on inside-chanel.com (link in bio). #GabrielleChanel

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その後、ココ・シャネルなど革新的なデザイナーが登場し、新しいファッションを次々と創造していきます。第二次世界大戦で一時は休止するものの、ニュールックを生み出したクリスチャン・ディオール、オードリー・ヘップバーンを顧客とするユベール・ド・ジバンシイ、ジャクリーヌ・ケネディのお抱えでもあったヴァレンティノ・ガラヴァーニらの活躍によって再興し、パリは再びファッションの都として繁栄していきます。

多様化するパリコレと海外デザイナーの衝撃


とはいえオートクチュールは依然として高嶺の花で、一般人にとっては程遠い存在。大量生産と大量消費が本格化し、新しいファッションを渇望していた若者たちに支持されたのが、高級既製服=プレタポルテでした。その動きは1960年代以降に顕著となり、マリー・クワントの発明したミニスカートが世界的な人気を博すようになります。また、ディオールから独立したイヴ・サンローランケンゾーらの活躍によって、70年代にはプレタポルテ人気が決定的なものとなります。

80年代のパリコレで一大旋風を巻き起こしたのは、日本人デザイナー川久保玲によるコム・デ・ギャルソン。“ボロルック”と呼ばれた、穴の空いたニットを重ね着した81年のコレクションは、パリコレの大きな話題となり賛否両論を巻き起こしたのです。従来の西欧的な価値観によるファッションとは決定的に異なる強いクリエイションは、その後もさらなる進化を遂げ、根強いファンを世界中に生み出すことになります。

Preview of the #GiorgioArmani collection, few minutes before the show. #mfw #ss18 - pic by @scarmatt

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一方で、従来の堅苦しいスーツとは異なるソフトスーツを発明し、アメリカで大流行させたジョルジオ・アルマーニが活躍したのも80年代でした。同時期に活躍したジャンフランコ・フェレジャンニ・ヴェルサーチらとともに、ミラノの3Gとして称され、ミラノ・コレクションが次第に重要度を増していきます。ちなみに多くのブランドがメンズ・コレクションを手がけるようになったのも、80年代前半からでした。

また、80年代末から90年代のパリコレに新たな風を送り込んだのが、マルタン・マルジェラドリス・ヴァン・ノッテンラフ・シモンズといったベルギーのアントワープ王立芸術学院で学んだデザイナーたちでした。モダンアートへの造詣が深く、コンセプチュアルな作風を得意とする彼らが、パリコレをさらに一歩進んだ存在へと押し上げたのです。

イタリア勢の躍進とグローバリゼーション化


圧倒的な優位を誇るパリコレに負けるものかと、ミラノ勢がさらなる飛躍を遂げたのが、90年代の特徴でした。ラグジュアリーブランドという、新たなカテゴリーをかたちづくったグッチプラダが、世界的に高い評価を得てトレンドを牽引したからです。特にトム・フォードという米国人デザイナーを迎え入れ、見事モードの先端を担うブランドになったグッチは特筆すべきブランドだといえます。これは、70年代にはすっかり見向きもされなくなっていたシャネルに、フリーランスのデザイナーであったカール・ラガーフェルドを招き入れ、80年代には見事シャネルを復活させた手法を真似たものでした。

このように、低迷していた老舗ブランドに気鋭の外部デザイナーを招聘する手法は今やファッション界の常識となっています。LVMHグループのCEOであり、ファッション界の法王とまで称されるベルナール・アルノー氏は、この手法によって買収した老舗ブランドを次々と再興させています。

こうしてブランドを設立したデザイナー本人やその創業家が、直接デザインすることはごく稀になり、才能あるデザイナーたちがさまざまなブランドのデザインを手がけるようになりました。また、それまでトランクやバッグを専門的に手がけていたルイ・ヴィトンに、米国人デザイナーのマーク・ジェイコブスを迎え、一大ファッションブランドへと変貌させたことも象徴的です。

才能あるデザイナーがブランドを越えて活躍


ルイ・ヴィトンを筆頭に、ディオール、フェンディ、ジバンシイ、ロエベといった老舗ブランドを傘下に収めたLVMHグループは、90年代以降のパリコレにおいて重要な立場を占め、圧倒的な存在となります。ディオールにはジョン・ガリアーノを、ジバンシイにはアレキサンダー・マックイーンというスターデザイナーを就任させ、パリコレを盛り上げました。また、パリコレはあくまで女性のものというイメージを覆したのが、エディ・スリマン率いるディオール・オムの成功でした。

#KVASQUAD shot by Stef Mitchell, styled by @MauricioNardi | @Kris_Van_Assche's #DiorHomme Summer 2018 collection #PFW

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パリコレで独走するLVMHを追いかけるように、ケリングもグッチを筆頭に、バレンシアガ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、アレキサンダー・マックイーンを傘下に収め、それぞれのブランドに次々と才能あるデザイナーを就任させます。LVMHとケリングというライバル関係にあるグループを、デザイナーは行ったり来たり。そんな去就劇もまた、2000年代以降のパリコレを面白くしたひとつの要因になっています。

世界的な経済低迷とデジタルがもたらした変革


米国のサブプライムローン問題に端を発した、2008年以降の世界的な経済の低迷は、ファッションとも無縁ではありません。一般消費者にとって、もはや高級ブランドは手が届く存在とはいいがたく、H&MZARAといった低価格でトレンド性の高いSPAブランド(企画・製造・小売まで一貫して手がける)に目を向けるようになります。従来は黙殺されていた、低価格帯ブランド(プチプラ)がファッション誌などでも頻繁に取り上げられるようになり、同時にノームコアミニマリストといった、アンチ・トレンドともいうべきムーブメントが支持されたことも、こうした動きを加速させました。

そんな苦境に際し、ラグジュアリーブランドの多くが自社のWEBサイトでコレクションをライブ配信し、マーケティングにSNSを駆使するようになります。ミレニアム世代を含む潜在的購買層は、ファッションアイコンとなるセレブやインフルエンサーをフォローし、InstagramやTwitterで情報収集しているからです。グローバリゼーションの波に乗って、世界の主要都市にブティックを構え、ECサイトでも顧客と繋がるようになった今、この環境変化に対応することは、ブランドにとって死活問題となりました。

限られたメディアの人間しか見ることのできなかったパリコレでしたが、今や誰もがスマホで最新コレクションを閲覧でき、気に入った服をすぐさまECサイトで購入できるのです。このスピード感がもたらす恩恵の反面として、最新のトレンドはすぐさま多くのSPAブランドに模倣されることにもつながっています。実はこうした高級ブランドの模倣やコピーは、先述したワースの時代から起こっており、1世紀を経た今でもイタチごっこの状態が続いている根が深い問題でもあります。

再び熱を帯びる最新のパリコレ事情


あのルイ・ヴィトンの広告にファレル・ウィリアムスが起用され、カニエ・ウエストやザ・ウィークエンドといった、現代のポップスターがパリコレに足を運ぶようになり、ストリートカルチャーとパリコレの関係はより強固なものとなりました。それを象徴するのが、今年6月に発売と同時に完売となった、ルイ・ヴィトンシュプリームのコラボレーションです。ラグジュアリー・ストリートと呼ばれる新しいムーブメントが表面化しました。

こうした機運をさらに先鋭化したのが、バレンシアガのデザイナーに抜擢された新鋭デザイナー、デムナ・ヴァザリアです。彼は90年代的なストリートスタイルを再解釈し、新たなスタイリングとあえて紙袋のようにレザーバッグをデザインするなど、斬新かつユーモアのあるコレクションで高い評価を得るようになりました。彼が手がけるバレンシアガのドレスやジャケットは、極端に張り出したショルダーラインやビッグシルエットが特徴で、レディスとメンズでも大きな話題を集めています。


世界的な景気低迷とアンチ・トレンドともいうべき新しい価値観、デジタルがもたらした変化によって、パリコレの存在意義が問われる中、新たなビッグトレンドが登場。そうした経緯もあって、現在、今までモードに関心が薄かった若者が、再びパリコレに熱い視線を注いでいます。

このように、進展と停滞を繰り返して変容し続けるパリコレ。常にファッションの最前線として君臨し続けているのが、未だ多くの人々の関心を引く理由なのです。

Image: Zvonimir Atletic / Shutterstock.com

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