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金正日の「出自」を疑うモスクワの証言|金正恩の父・金正日の「日本人説」その1

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(C) Viktoria Gaman / Shutterstock

素朴な疑問として、故・金正日総書記や金正恩委員長の顔は朝鮮人らしくない。どちらかというと日本人的な顔立ちだ。

金正日に長く秘書的な存在として存在感を示した故・金国泰(キム・グクテ)は、朝鮮労働党中央委員会書記局書記などを歴任し、党幹部の人事権を一手に握っていた。宣伝煽動部長時代に、金正日の肖像画を金日成の肖像画と並べて掲げよと指示したことでも知られる。国泰の父親は金日成の師であった金策(キム・チェク)元副首相だ。

「金策の出身地に近い城津市は、1953年に金策市に改名されています。金策製鉄所(清津市:清津製鉄所=旧日本製鐵清津製鉄所から改名)、金策工業総合大学(平壌市:平壌工業大学から改名)、金日成政治大学は、かつて金策軍官学校と呼ばれるほど功績を残しています。1956年に設立された空軍の教育機関も金策航空大学(清津市)と命名されているように、北朝鮮を現実的に建国したのは金策でした」(北朝鮮ウオッチャー)

実は、《金正日の実父は金策だ》とモスクワ筋から報じられたことがある。

「1998年6月26日にモスクワ発のロイター共同電が報じたもので、ネタ元になったのは同日付の『トルード7』というロシア紙でした。証言したのは、金日成国家主席に1949年当時のソ連から、マルクス・レーニン主義の家庭教師として派遣された朝鮮系ロシア人の“ピョートル・パク”という人物でした。パク氏の証言によると、金日成と妻の金正淑(キム・ジョンスク)の間に長男ユーラ(正日)と2歳下の次男シューラがいたのですが、パク氏が目撃したユーラの弟いじめは度を越していたことから、そばにいた金策に兄弟仲の悪さの理由を尋ねると『ユーラは父なし子だから父親の愛がなく、ひねくれた』と暗にその出生の秘密を語ったと言います。本当の父親は『ひねくれた』とパク氏に語った金策なのですが、金日成が正日を養子にした理由については口を閉ざしたということです」(同・ウオッチャー)

養子だという説はトルード7が初めて唱えたわけではなく、モスクワで発行されている『ノーバヤ・ブレーミア』誌も1993年にも報じたことがある。この報道に対し、当時まだ存命中だった金日成は何の抗議もしなかった…。

(その2へ続く)

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