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脱原発を訴え続ける坂本龍一が受けた政治圧力と誹謗中傷!「『中立を』という言い方で体制批判が封じ込められる」

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 新潟県の柏崎刈羽原子力発電所の6・7号機の再稼働をめぐって、原子力規制委員会は13日、東京電力が原発を運転する適格性を条件付きで認めた。福島であれほどの過大事故を起こし、人びとの暮らしを根こそぎ奪った東電に、原発を再び運転させようというのだ。

安倍首相は今年3月11日におこなわれた東日本大震災の追悼式で、ついに式辞から「原発事故」という言葉を消し去ったように、安倍政権による原発再稼働に向けた動きは加速する一方だ。

そんななか、"脱原発のシンボル"的存在として活動してきたあの人が、再稼働の動きを強く批判した。音楽家の坂本龍一だ。

坂本は、東日本大震災から6年半となった今月9月11日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)のインタビューに応じ、あらためて原発について、こう語った。

「壊れたものを、収拾の仕方がわからないものをつくっちゃった。動かしてしまった。今後も、何十年と害を及ぼすわけですから。通常に運転していても(核のごみは)捨て場所がないわけですから。どうしてそんなものをつくったか。愚かですね」

そして、再稼働の動きについて問われると、「それは警告を警告として受け取っていないことの表れ」と明言し、このようにつづけた。

「良いほうに舵をきれば良かったんですが、まだきれていないですね。そういうことはまた起きるかもしれない。危険はつねにあるわけですよね」

原発は人の手でコントロールできるものではない。そのことをわたしたちはいまなお目撃しつづけているのに、なぜ違う選択を熟考せぬまま再稼働にひた走るのか。「警告」を無視することの先に待っている恐ろしさを、坂本は静かに訴えた。

しかし、坂本の訴えに対しては、「まだ言ってるのか」「再稼働に反対するならコンサートをやめろ」などといった声がいまだに止まない。原発事故から6年半、坂本をめぐるバッシングと社会の動きをあらためて振り返ると、日本社会の歪な変化を映し出している。

坂本は1990年代から環境問題に関心をもち、2006年に核燃料再処理施設の放射能汚染の危険性を訴えるプロジェクト「STOP ROKKASHO」を始動させるなど、福島での事故以前から脱原発運動に携わってきた人物。とくに事故後は、被災地支援活動と並行して、積極的に発信・行動を展開。それはいまなおつづいている。

実際、震災後の坂本の動向をおさめたドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』が今月3日にベネチア国際映画祭で公式上映されたが、その後のインタビューでは、脱原発に取り組むことについて「知ってしまった、見てしまったからには声を上げます。でもいつか音楽家が声をあげる必要がない社会になってほしい」と答えている。

知ってしまったからには声をあげる──。だが、坂本は注目度が高いだけ、批判の的ともなってきた。思い出されるのは、2012年7月に集会で発した「たかが電気のために、なんで命を危険にさらさないといけないのでしょうか」という言葉だ。

人の命と電気を比較すれば命のほうが大事に決まっている。こんな当たり前の発言さえ問題視されてしまったのだ。この発言以前から、「電気自動車のCMに出ているくせに」「シンセサイザーを使ってテクノやってたくせに」だのと難癖をつけられていた坂本だが、この発言によってバッシングが加速。中咽頭がんであることを公表した際には「反原発運動の先頭に立ってきたため放射線治療は拒否する考え」と一部スポーツ紙が飛ばし、ネット上にも「反原発ってアホばっかなんやね」などと誹謗中傷に溢れた。

対する坂本は〈ああいう芸能記事を真に受ける人いるの?〉と一蹴しつつ、他方、脱原発については「日本のエネルギー消費のうち電力は4分の1。原発はその4分の1。事故前でも全体の6%に過ぎない」ことを訴え、「原発に頼らない電気を選ぼう」と呼びかけた。

だが、「声をあげる音楽家」には、政治の場からも圧力がかかった。この年、当時の坂本は山口情報芸術センター10周年記念祭総合芸術監督を務めていたのだが、山口市議会では議員が「(芸術監督として)税金を使って活動するのだから、政治活動を慎むよう申し立ててほしい」と市に要請。答弁で市の幹部は「本人に配慮いただくようお伝えしたい」と答弁した。

公務員でもない坂本に政治が圧力をかける。まったくとんでもない話だが、こうしたことはいまにつながる「空気」のはじまりだったのだろう。「音楽家が政治に口を出すな」と批判が起こり、政治家からも「活動を慎め」と自由な言論に横やりが入る。──これはいま、日本で確実に進行している問題だからだ。

「音楽に政治をもち込むな」という声が起こった昨年、坂本は取材に対して「なぜ問題になるのかが分からないし、問題になる日本社会にむしろ問題を感じます」と回答し、このような危機感を示している。

「音楽と政治という問題に限れば、政治を持ち込むも持ち込まないも自由、というだけの話。ただ『偏っている』と批判された美術館が作品展示を取りやめたり、憲法集会が公的施設を貸してもらえなかったり、日本には『政治的中立を』『党派色を持ち込むな』という言い方で政治的な主張や体制批判を封じ込めようとする風潮が広がっている」(毎日新聞2016年7月5日付)

デモで脱原発や安保法制の反対を訴える音楽家に「中立的じゃない」という批判があがる社会。だが、権力側が自分たちに同調する音楽家にすり寄り、利用したとき、そのような批判は起こるか。同じ記事の取材でソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が「『政治』に積極的に利用されているEXILEやAKBは、今回騒いだ者たちからは批判されない。結局、『権力にたて突く』行為自体を快く思わない、この国の精神風土がここには大きく横たわっているのです」と指摘しているが、その通りだろう。

実際、百田尚樹が「沖縄の2つの新聞は潰さなあかん」と問題発言をした自民党の「文化芸術懇話会」は、坂本龍一や吉永小百合といったリベラル文化人から支持を取り付けている護憲派に対抗する狙いだったという。「世界のサカモト」に対抗するのに白羽の矢が立ったのが百田だというのが泣けてくるが、もしも坂本が原発・安保法制推進派だったとしたら、安倍自民党がとことん利用しただろうことはたしかだ。

坂本が脱原発のメッセージを発しつづけた6年半、権力に反対する者への風当たりはどんどん強くなっている。だが、坂本はけっして発信をやめない。メディアへの圧力が強まるなかにあって、それはかすかな希望でありつづけるだろう。そして、あらためて坂本の言葉に耳を傾けたい。『報ステ』のインタビューで坂本は、原発を「結果的に自分たちの首を絞める」と指摘した上で、こう述べた。

「ぼくらの次の世代、次の次の世代にも、平和に生きていってもらわなければいけないので、なんとかより良く、変えていかなければいけないと思う」
(編集部)

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