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【大相撲改革案4】手つき不成立をいつまで力士のせいにする?「立合いは行司の声に合わせよう」!

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大相撲9月場所がスタート。昭和以降で、初日から3横綱が休場する史上初の事態となったが、さて賜杯の行方は!?

相撲 2017年9月号
Fujisan.co.jpより

そんな大相撲を見ていて、いつも嫌な感じになるのが、立合いの「手つき」に関する、待ったややり直しだ。年配の方ならご存知だろうが、昔は立合いで土俵に手をつけというルールはなかった。昔の取組みのVTRなどを見ると、中腰になったと思ったらバン!とぶつかっている。

そこで、今回はこの「立合いの手つき」の改善策を考察する。あくまで一人のファンとしての意見である。

厳密には手をつけるルールなし


まず、日本相撲協会の相撲規則・勝負規定五条にこんな一文がある。『立合いは腰を割り両掌を下ろすを原則とし、制限時間後両掌を下ろした場合は「待った」を認めない』

___どこにも“土俵に手をつけ”とは記されていないのだ。わかりにくいのは「掌をおろす」である。「掌」とは「てのひら」「たなごころ」「たのうら」等の読み方があり、手の表(平)、手の先、手の裏(甲)も含まれる。つまり、手首から指先までを差す。

となると立合いは、腰を割り(両足を開いて構え)互いに掌を下ろしたら成立する。昭和の時代の、中腰くらいからの立合いも手を下にして互いのタイミングが合えば成立していた。昔がいい加減だったわけではなく、今のルールが極端ということになる。相撲規則に厳密になぞらえばそうなる。

手つきを義務化

立合いで両手を土俵につくよう義務化されたのは、1984年9月場所から。理由は、腰をしっかり割らず、また手を下ろしたのかどうか曖昧にして立合う力士が増えてきたことだった。要するに、奇をてらうような立合い、悪い言い方をすれば汚い立合いで勝ちを拾おうという力士が増え、また、そのクレームも多かったのだろう。

そこで、スポーツマンシップを重んじ、ずるい立合いを極力なくすため、明確に「手をつく」ことを決めた。相撲は「立合いが8割」とも言われる重要なポイント。なんとか自分に有利な形を取りたいのはわかるが、ダーティープレイはいただけない。

徐々に厳しく

更に手つきを厳密にしようと、1991年には手つき不十分を含め「待った」に罰金が科せられる(現在は廃止)。そこから時が経つにつれ、誰が見ても手をついていない場合を除けば、立合いは成立する場合もよく見られた。テレビでは確認できないレベルも多かったと思われる。

2008年に「手つき」を厳密にルール化すると審判部で統一。しかし裏では、それを推進する派に対し、現役時代に中腰の立合いをしていた年配の親方などからは渋る声も飛び出し、対立があったと言われる。

2016年には、一層徹底させる方針となり、手つき不十分の待ったがかなり増えた。5月場所3日目、大栄翔対大砂嵐は、立合い手つき不成立が伝わらないまま相撲が展開されることが2度続き、いわば三番も行われることがあった。

そうなってくると、力士もボヤきたくなる。鶴竜は、「行司は上から力士の手を見るため誤認しやすい」と指摘した。ある力士は、「両手をつけたつもりだったが止められた、意図的につかなかったわけじゃないが、そこまで厳しくする必要はあるのか」と嘆いた。

それを受けてか、藤島審判副部長(元大関武双山)は「両手ともにつくのが理想だが、それしか認めないと不十分なケースが多くなってしまう。全部止めるわけにはいかない」と、柔軟な対応の検討を示唆した。結局、手つきを徹底するとか、それは理想とか、審判部の方針も時々ぼやけて合点がいかない。というか、そもそも大相撲の規則に「手をつけ」と記述がないのだから、ルールはなあなあになるのだ。協会側こそはっきりしろと言いたくなる。

見ていて不快

私が相撲を見ていてとても不快なのは、身体がぶつかってはじまった!と思った瞬間、行司や審判に止められるシーンだ。力士が手をちゃんとつけば済むことだが、それができないシーンを幕内でも一日一度は見せられる。客から野次が飛び、審判が仏頂面をして、力士が頭を下げたりする、あんなところは見たくないし、時間も無駄だ。あれを減らす策はないのだろうか?

今こそ行司に威厳を


そもそも相撲は変わったスポーツで、審判は行司なのにスタートは力士まかせなのだ。スポーツは本来逆である。

例えば、陸上競技ならヨーイ…パン!(音)でスタートする。野球はアンパイヤのプレイ!の声で始まり、サッカーはレフェリーの笛の音で合図する。同じ格闘技で、ボクシングならゴングの音、柔道も主審が「はじめ」と声を上げる。

相撲は、制限時間いっぱいで行司が「待ったなし」「手をついて」「見合って」などと声をかけ仕切っているが、現在はいわば見届人でしかない。そもそも”制限時間”とは、昭和3年にラジオ放送時間内に全取組が収まるよう設けたルールで仕切りは時間無制限だった。昔の極端な例を言うと、1時間以上仕切りを繰り返したり、立合いが行われず翌日に持ち越しなんてこともあったそうだ。最近は少なくなったが、制限時間前に立合ってもかまわないわけで、その際に行司は力士に合わせなければならない。

また、行司は勝負あったと軍配を指しても、物言いがつけばVTRで検証、審判員が協議する。これを見ると行司ってちょっと不憫だなと思うことがある。

「行事に合わせる」新立合い方法!

そこで、立合いの手つき不成立問題を解消すべく、大改革案を提案したい。要するに立合いを力士任せにしているからダメなのだ。なので今こそ行司に託す!

『行司の「ハッケヨイ! のこった!」声が開始の合図』

力士同士が立合いを合わせるのではなく、行司の声に合わせて立合う

という方法はどうか?時間いっぱいで、両力士は仕切り線前で腰を割る。行司はそれを確認しながら「ハッケヨイ!」とコール。力士は掌を下ろす決まりとし(手はつけてもつけなくても良い)、立合う体制が整ったことをアピールする。

行司は、互いの体制が整ったと判断したら「のこった!」とコールし、立合う(開始する)。

「のこった!」の前に立った場合は、先走り(フライング)。なかなか腰を割らなかったり、もたもたして掌を下ろす姿勢を取らない力士には注意を促す。(個人的に大関・照ノ富士の立合いは遅くてイライラする)このような場合は罰金を取るなどする。

もし、制限時間前に立った場合は、力士の合意と見なして立合い成立とする。この際、手付きにはこだわらない。こうすると、時間前に立つケースも増えてエキサイティングな土俵が展開されるかも。

こんな、行司に威厳を持たせる立合いにするのはどうだろうか? 土俵上で最も偉いのは行司なのだから。

いつまで力士のせいにする?



現在の相撲規則・勝負規定は、昭和35年5月8日に定められた、58年前に作られたものである。古いままなのだ。

立合いの手つきを厳密化したいなら、文句が出ないよう規則を正式に変えるべきだと思う。また、何年も手つきの問題で押し問答しているが、力士は分かっていてもやってしまうのだから、力士ばかりを悪者にせず、協会もあらゆる面から見直す抜本的な改革が必要なのではないか。そこで提案したのが今回の案だ。真剣に考えたので冗談でもいいから議題に上げ、力士にアンケートなど取ってみて欲しい。審判部員に改革派はいないものか。


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