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小学生が喧嘩を正しくかう技術【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第32話】

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今思えば、子どもの頃から自分のことが大好きだった。自分だけが大好き過ぎたので、周りは全然見えていなかった。

子どもなら大抵そんなものだろうと言う人もいるかもしれないけど、案外そうでもない。あの子は今誰と仲良しだとか、あの子は誰と喧嘩しているらしいとか、そういうクラスの人間関係を正確に観察している子どもも中にはいるのだ。さらに、その上で戦略的に立ち振る舞える子どももいる。そもそも目的意識が違ったのだろう。

子どもの頃の私は一貫して、自分がこうなりたい、こうしたいという願いを実現することしか考えていなかったけれど、一方で、今しかない学校生活を楽しみたい、という目的の子もいて、そういう子は、自我を最優先させないやり方を知っている。

どちらも間違ってはいないのだろうけど、自分のことを振り返ると、もうちょっと器用なやり方もあったな、とは思う。何せ今も昔も、私のような者はどうしても独立系になりがちで、気楽さもある反面、いざというときにやっぱり数の原理で負ける。

どう考えても非効率なことや不条理なことを、自分の発言力の弱さで飲まざるを得なかったりする。
「えー!みんななんでそれがいいと思うの?」と衝撃とともに受けたダメージは後々長く尾を引いて、家に帰っても悶々と思い悩んだりする。

そういう心理的負担は馬鹿にならないし、そもそも人間は人間の中で生きていかなきゃならないものだってことに早く気付いて、人の輪の中でうまくやっていくスキルを身につけようとしたって良かったなと思う。

学校って本当に特殊な環境だ。クラス全員が同じ年齢、横並びの関係。そこで、ストレスなくパワーバランスの均衡を保ちながら毎日顔を合わせてやっていくって、さまざまな人間関係の中でもかなり高度な技術が必要だ。年齢や経験値の明確な差がないからモヤモヤとした嫉妬が生まれやすいし、個性を発揮しなければ自分が埋もれてしまう。でも、逆に個性が強すぎても疎まれる。

社会って本当はもっと多様性がある。会社には同僚だけでなく、先輩や後輩がいる。特に私が今身を置く環境では、個性の強い人が、比較的個性の強いままで生きていくことができる。大人になると、子どもの頃より自由になれる。

だから今、娘がたまに吐露する学校生活の愚痴には、そのいたるところにかなりの既視感があって、気の毒に思うと同時に、古傷をえぐられるような痛みが走る。

そうだよね、君も親に似て生粋の文化系で、しかも私以上にオタク気質、そして早くもBLに開眼している。憎きスクールカースト。少なくとも、もう数年間の辛抱だ。でも、辛抱を課すだけではかつての私と同じであって、おそらく同じ時期の私よりももっと賢く、もっと精神的に大人な君なら、知恵を使って、望ましくない状況を好転させることができるよ。そんな風に、娘に話した。

だからって、何もみんなと仲良くしたり、好かれようとしなくていい。本当は興味のない話しに延々と興味のある振りをしなくても良い。ただ、相手への敬意を保ちながら、自分の独立した世界と、自分の尊厳とを侵害されないようにしよう。大事なのは、舐められないことだ。

発破をかけるだけではだめなので、私たちは売られた喧嘩を正しくおさめる練習に取り組んだ。

ケース1。「夢見ちゃんってさ、KYだよね?」と言われたらどう応えるか。娘の答えはこうだ。「KYKYって正しく意味を理解してる? ボキャブラリーが貧困なんじゃないの?」大人が面と向かってこれを言われると傷つくが、子どもの喧嘩でこれは残念ながらパンチがない。

小学生から反射的に向けられた容赦ない言葉に、意味のある言葉で打ち勝とうとしてもダメなのだ。相手に伝わる言語で返す、これがコミュニケーションの基本のき。汚い日本語を使うことは不本意だろうが、何もずっと続けなくていい。

舐められなくなるまで、この子には何を言ってもいいんだと思われなくなるまででいいから、こう言い返しなさい。じっと相手の目を見て、絶対にそらさないで、できれば徐々に顔を相手に近づけながら、ゆっくりと「うざい」。
リピート・アフター・ミー……した瞬間にゲラゲラと吹き出す夢見。道のりは長い。


イラスト:片岡泉
(紫原明子)

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