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【連載】第一話・選ばれない女(後編)~Menjoy!できない女たち~

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「いつもいつも……選ばれるのは自分じゃない」モテ系を嫌う竹橋明美(たけばし あけみ)は、自分ではない女性を選んだ男友達の選択に大きくショックを受けていた。モテ系は苦手と言っていたくせに、結局彼が選んだのはモテ系の女性。きっと明美の部下の神保光一(じんぼ こういち)も、モテ系が好きなのだろうとブルーになる明美だったが……。

「じゃあ先月の目標を無事達成ということで、かんぱーい!」

企画運営第二事業部の中で“一番のムードメーカー”と噂の男が音頭を取ると、場の空気は一気に盛り上がった。明美が所属しているのは企画運営第一事業部なのでとくに彼と関わったことは無かったが、なんでも神保の同期な上に友人らしく、その点では少し興味があった。

「お酒足りない人言ってくださーい! あ、そこ、口説くのにはまだ早いっすよー!」

三十人近い参加者だというのに、彼は注文から場の盛り上げまでテキパキとこなしていた。おかげで幹事は早々に飲み食いに夢中になっている。

明るくてムードメーカーでよく喋って……まさに、神保とは反対のタイプだ。一体、二人でどんな会話で盛り上がっているのかますます気になってくる。



「竹橋さん、お酌しますよ」

と、ちょうどいいところに神保が瓶ビールを片手に現れた。

明美はお礼と共にグラスを差し出しつつ、離れた席で場を沸かす彼をアゴで指した。

「彼、神保の友達なんだって?」

黙々とビールを注いでいた神保の目線が、一度だけ彼の方を向く。

「まあ、同期なんで」

「おいおい照れるなよ~」

相変わらずそっけない神保の脇腹を、肘でつついてやる。酒の場ということもあり、これぐらいのスキンシップはいいだろうと思った。

「いつもどんな話してんの? あんま似たタイプじゃないよね」

「どんな……ですか?」

普段、社内では見せない神保の困り顔が凄く新鮮だ。こんなに眉間を寄せている顔は初めて見たし、そんなに困る質問だっただろうかと思うとなんだかおかしかった。

「バイクとか?」

「へー。神保ってバイク好きなんだ」

「それなりに。アイツは自分でカスタムするぐらい好きです」

「神保とバイクってなんか意外だわー」

「あとは、恋の相談とか」

もっと意外なものが出てきて、明美は口に含みかけたビールを危うく吹き出すところだった。

「え、なに? 神保、好きな人いんの?」

「俺じゃないですよ。俺はもっぱら聞き役です。といっても、あっちが勝手に相談してきて一人で解決してる感じですけど」

「あー、なんか想像つくわ」

神保と彼が会話している様子がようやくイメージでき、明美は一人納得のいったスッキリ顔でゴクゴクとビールを飲み干した。すかさず神保が注ぎ足してくれる。

「なーんかバイクとか恋の相談とか、青春してんねー」

酒が入って気が緩んでいるからか、そんな言葉が口から飛び出した。

「神保もやっぱ、『モテ系』の子がタイプだったりすんの?」

「神保『も』っていうのは?」

「えー、だって男って『モテ系』好きじゃん。神保の同期が恋してる相手も、どうせ『モテ系』でしょ?」

言ってから明美の中にあった理性が、“しまった”と焦るのがわかった。言った内容は本心だが、会社の人間……しかも神保相手に言うなんてどうかしている。

いくら酒が入っていたからといって、あまりにもさらけ出し過ぎたと後悔が芽生える。

案の定、愛想を感じさせない神保の表情が、いつもより冷たく感じられた。

「……竹橋さんって」

言葉を吟味していたのか、少し遅れて神保が口を開く。

「可愛くないですよね」

前言撤回。少しも言葉を吟味していなかったようだ。

明美は一度奥歯を噛み締め、カッと頭に昇った血が引くのを待った。

「……言ってくれるね」

「無礼講かと思って」

口端の片側を持ち上げる神保は、悔しいけれど格好良かった。

挑発的なその姿を見たら、さっきまで芽生え始めていた後悔もどこかに行った。

なんだか徹底的にやり合いたい気分だ。

明美は、ここ最近溜まっていたものを全部吐き出したくなって、受けて立ってやることにした。

「そうだね、無礼講といこう。で、可愛くないって? 私みたいな地味系より、神保も結局ああいうわかりやすい『モテ系』が好きってこと?」

わかりやすい、という部分を強調してやった。しかしこちらの言いたいことをすぐに読み取った神保は、目を細めて笑っていた。

「だから、そういうところです。竹橋さんて、いつもオシャレしてる人を見下した目で見てますよね」

一気に顔が火照るのを感じた。まさか、普段の自分の動向や思考を見透かされているとは思ってもいなかったのだ。

明美は乾いた口内を潤すため、神保に注いでもらったビールを飲み干す。もうどうにでもなれと、酒の力を借りて応戦することにした。

「だって、あんな男に媚びたような格好、どうなのよ。『モテ』とか『男ウケ』とか、そういうのに踊らされるなんて滑稽なだけでしょ」

「………」

「ああいうのが好きな男も、なんか、テンプレってか……頭悪そうに見える」

「だったら、いいじゃないですか」

「は?」

「竹橋さんが言う、滑稽な女と頭の悪い男がくっつくだけでしょ? 竹橋さんは残った賢い男を選べばいいじゃないですか。なのになんで、その頭の悪い男たちに見向きもされないことを怒ってるんですか?」

ガツン、と。

鈍器で思い切り後頭部を殴られたかのような感覚。もちろんそんな経験は無いのだけれども。

ただ、とにかく……明美は目を見開いたまま固まるしかなかった。

反論どころか思考が追いつかない。というか、神保の放った言葉があまりにも正論すぎて、何も言い返せなかったのだ。

「『モテ』とかそういうのって、ようは好かれようっていう努力でしょ? べつにそれを媚びとか滑稽とか言うのは人それぞれだと思いますけど……同じ土俵に上がりもしないのに努力している人を見下すとか、それこそ滑稽だと思いますよ」

「………」

「だから、そういう竹橋さんって可愛くないなぁって……そう思ったんです」

「……そう」

もう、そんな言葉しか出てこなかった。

自然と視線が下がり、ぼんやりと敷かれた座布団の端を眺めている内に、神保は誰かに呼ばれ別の席へと移っていた。

しばらく、明美は背中を丸めてそのまま呆然と座り込んでいた。

泣くのかな、と他人事のように思った。

だけど零れたのは涙ではなく、神保の言う滑稽で可愛くない自分に対する自嘲の笑みだった。

頭のどこかでわかっていた。

本当は、『モテ』に全力を出して、もし誰からも選ばれなかったらと恐怖して逃げているだけなんだ。

似合わないと笑われるかもしれない。自分と同じような女に、媚びていると思われるかもしれない。そんなふうに自分で自分を追い詰めて、『モテ』の土俵に上がらず偉そうな遠吠えを吐いていた。

男たちが好きなのは、『モテ系』じゃなくて、『好きになってもらおう』と努力している女たちだ。

けっして、『選ばれたい』と思いながら『選ばれる努力をしない私』なんかじゃない。

「……それにしたって、無礼講すぎでしょ」

随分とずけずけ言ってくれたな、と明美はもう一度笑う。

それでも神保のお陰で、なんだか憑き物でも落ちたかのように体と心が軽かった。

向こうの方で、神保は『モテ系』に身を包んだ女性たちに囲まれている。その光景を見ても、もう心は痛まなかった。

あの子もあの子もあの子も、神保に好かれようと努力しているのだと思うと、なんだか羨ましささえ感じた。今まで持っていたひねくれた感情を脱ぎ捨てて、自分も彼女たちのように素直な気持ちで華やかな服やメイクに身を包みたくなってくる。

ふいに、明美は美雪(みゆき)への返信をまだしていないことを思い出し、ジョッキ片手にスマホを取り出した。

しばらく悩んだ末に、今週末に三人で食事をしようという旨を送った。

今なら二人のことを、心から祝えると思ったからだ。

* * * * *

「え~、明美どうしたのォ? すっごく可愛い!」

開口一番、美雪は大きな瞳をさらに大きくさせてそう言ってくれた。

週末に三人で食事すると伝えてから、明美はまず服を買った。いつも選ぶような地味なものではなく、いわゆる『モテ系』の服を、だ。

試着室に入るまでだいぶためらいがあったが、意を決して試着を始めてみたら店員との話にどんどん花が咲いていき、気付けば予定よりもだいぶ買い込んでしまっていた。でも、久々に良い買い物ができたような気がした。

そのままコスメカウンターをはしごし、メイクのアドバイスをいくつか受けた。三十にもなって恥ずかしかったが、アドバイザーが仕上げてくれた顔は今までで一番魅力的な自分だった。

もちろん、数日程度でとびきりモテる子になれるとは思っていない。今だって、可愛いと連呼する美雪の方が、ずっと可愛いしセンスも良い。

それでも明美は、以前より自分のことがずっと好きになれたような気がした。

「いやー、ごめんごめん。慣れないことしたもんだから、ちょっと遅れちゃって」

「なになにィ? 好きな人ができたとか?」

「まあ、そんな感じ」

べつにそんなことは一切無いのだが、ちょっとだけ二人の前で見栄を張ってみた。

美雪は存在しない好きな人について根掘り葉掘り訊いてくる。

そして、亮平(りょうへい)は……

亮平はしばらく明美を見て固まっていたかと思うと、額に手を当てて演技がかった仕草で声を上げた。

「あー、失敗した。明美にしとけば良かったなー」

「ちょっとォ、亮平くん?」

「冗談だよ、冗談!」

口をへの字にして怒り始めた美雪を、亮平は必死になだめている。可愛い彼女のごきげんを取る彼氏という、実に仲睦まじいカップルがそこにいた。

まだ少しだけその光景を直視できなかったが、明美は、さっきの亮平の言葉を脳内でリフレインする。

一瞬だけ、『恋愛対象』に向ける目で見てくれてありがとう。

私を選ばなかったこと、一欠片でも後悔してくれてありがとう。

三人での食事は久しぶりだったので、非常に話が盛り上がったし楽しかった。これから先、いくつになってもこのメンツで集まれば青春を取り戻せるのだと思うと、凄く気が楽になった。

トイレに向かった際、スマホに神保から連絡が入っていた。

『この間は言い過ぎました。すみません』

神保らしいそっけない文章に、明美は思わず顔がにやける。

皮肉を込め、とりあえず今『モテ系』の格好をしてだいぶ可愛くなりました、と送ってやった。

パウダールームで口紅を直していると、神保からの返信が届く。



『じゃあ今度、可愛くなった竹橋さんと飲みに行きたいです』

予想していなかった内容に、口紅がはみ出るのを感じた。

なんだそりゃ、と呆れるような苦笑するような表情を浮かべながらはみ出た口紅を拭き取るが、どうしたってその口元はにやけている。

たぶん今、自分は最高に可愛い。

そんな冗談を心のなかで呟きながら、明美は神保の好きそうな店をいくつか探し始めるのだった。

『第一話・選ばれない女』END.

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