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片岡鶴太郎が考えるモノマネと芝居、その共通点と違い

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、数々のモノマネで知られるお笑い芸人としてキャリアをスタートし、今では役者としても活躍する片岡鶴太郎が語った、モノマネと芝居についての言葉をお届けする。

* * *
 片岡鶴太郎は1980年代にお笑い芸人としてバラエティ番組などで活躍した後、俳優としての実績を積み重ねていった。

「子供の頃にフジテレビのドラマで渥美清さんが棟方志功を演じているのを観て、幼心に強烈でした。シリアスとペーソスを演じる姿に憧れましたね。

それで役者さんになりたいとは思っていましたが、養成所に入るというのは性に合わない気がしました。弟子になりたかった。もう四六時中、その世界にいたいと思っていましたから。

それで清川虹子さんや松村達雄さんのところに弟子志願で行きましたが、断られるんです。役者って弟子をとらないの。

師弟関係というのが存在しているのは演芸の世界でした。それで(片岡)鶴八師匠の弟子にさせていただきました。鶴八師匠はモノマネの中でも歌舞伎の声色をされていて、全て芝居仕立てでやるわけですよ。ようするに、モノマネで一人芝居をやっている。芸が好きでしたし、ゆくゆくは芝居をやりたいという想いもあったので、鶴八師匠の弟子になろうと思いました」

本格的に俳優としての仕事をスタートさせたのは、1986年のTBSドラマ『男女7人夏物語』だった。

「雑誌とかでは『ドラマをやりたい』と言っていましたが、バラエティの仕事を数多くいただいていて時間がなかった。そんな時に話が来たんですよね。

バラエティだと『陰と陽』の陽の部分しか表現できなかった。そこに僕はどこかバランスがとれないでいました。人間の苦悩や不条理もやっていたいと思っていて。それで、僕の演じた貞九郎が恋に悩んだり、部屋の電気を消してうつむいたりした時に『こういうのがやりたかったんだ』と思えました。

今までは例えば小森のおばちゃまや小林旭さん、現実の人をモチーフに表現していたわけですが、今度は架空の人。残像に近い存在を具現化していく作業になるわけです。それは初めての体験でしたが、『この部分は西田敏行さんのあのフレーズがあるな』とか、いろんな人の『この部分がある』というのを引っ張ってきて、モノマネの延長線上にある表現を考えていました。

でも、そこで声マネまでしちゃうとただのモノマネになってしまう。ですから、そうではなくて、その人のニュアンスというか匂いみたいなものだけを持ってきて貞九郎という役を構築していきました。

そうしているうちに、セリフが表に張り付いているだけだったのが段々と中に入ってきて、たたずまいが憑依していくという体験をしていくわけです」

その後しばらく、俳優とバラエティを並行してこなしている。

「バラエティは瞬発力です。どう流れていくか分からないのを楽しむ。役者には、共演の方々とのアンサンブルの中の一員を務める楽しみがあります。

ドラマの撮影が一週間あると気持ちがまったりしてくるんですが、そこで週一でバラエティに戻ることで空気を変えられる。役者だけだったら煮詰まっていたと思います。僕にとっては、いいバランスでした」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2017年3月24・31日号

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